エンジニアが働きやすい会社を目指して起業! 新人でも活躍できる仕組み「ダブルメンター制度」とは?
今回は、システム開発会社を設立した小川直子さんのお話です。激務のシステムエンジニアの仕事で体調を壊し、別の仕事に就いた後、「やはりITが好き」と、営業職としてソフトウェア会社に転職。その後、理想の会社を作るため、30歳で独立しました。【バックナンバーはこちら】
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業界で異色の女性エンジニア4割 SIerの女性社長登場!
企業の基幹システムや業務アプリケーションの開発、IT教育支援まで行うシステムインテグレーター、株式会社トラントを経営する小川直子さん。開業から約5年、従業員は60名になった。
「システムエンジニアは業界平均で男性が9割を占め、女性は1割しかいません。弊社の場合、経営者が女性だからでしょうか、エンジニアの4割が女性です。女性のエンジニアは、30歳を過ぎると、結婚や出産でこの業界を辞めてしまう人がとても多いのです。業界を活性化させるためには、男女の良さを活かし、それぞれが長く活躍できる環境作りが必要だと思っています」
小川さんは短大で情報処理を学び、システムエンジニアを目指した。
「もともと、論理的に物事を考えることが好きです。システム開発はゼロか1か、はっきりした世界で、答えを必ず導き出せることが魅力的でした」
大手金融機関に就職後、システム開発部門に配属され、ATMシステムなど、人々の生活に不可欠な仕組みを構築し、やりがいを感じていた。
「システム部には50名いましたが、その中で女性は私たった1人でした。負けず嫌いなので、『他の人よりも成果を出したい』と忙しく働いていました」
激務に体を壊すも、やっぱり「好き」でSEに復帰
しかし入社3年目、徹夜も当たり前という激務と精神的なプレッシャーで、病気になり倒れてしまった。会社を辞め、リハビリを兼ねて週3回、派遣のパソコンインストラクターに。
「お客様から直接、『ありがとう』と言われることは嬉しかったですね。お客様の喜ぶ顔を見て、人に接する仕事の面白さを知りました」。
アパレルの販売員としても働いたが、やはり気になるのは、周辺にあるシステムのこと。
「その店のPOSシステムや売上管理はどのようになっているのか、気になって仕方がなかったのです。『私なら、こんな仕組みにするのに……』と」
もともとIT業界が好きだった小川さん。プログラマーと接客業の経験を活かし、営業職にチャレンジすることに決め、中堅ソフトウェア会社に転職した。そして入社1年目から、トップ営業マンとして頭角を現すのである。
システムエンジニアからトップ営業マンに転身
それまで営業経験ゼロだった小川さん。社内に教育制度はなく、まったく手探りの状態で営業をスタートした。入社1年目から大手企業に飛び込み、試行錯誤の末、大きな案件を受注。もともと自分自身がプログラマーだった経験を活かし、お客様の意向に沿ったシステムを提案し、トップ営業マンになった。
「営業職として入社したので、数字を上げていくことが当然だと思っていました。私はいつも、『一番でいなくちゃいけない』と思っています。自分のいる環境の中で、トップになることが、私にとって絶対的なこと。営業でもトップになりたいと思っていました」
未経験でも、短期間で成果を上げる
営業未経験でも、入社1年目から好成績を上げた小川さん。トップの営業成績を上げる裏には、次のような意気込みがあったという。
(1)「お客様の役に立ちたい」という気持ち
「営業でトップになりましたが、セールストークが上手かったかといえば、そうではありません。セールストークは、いくつかのパターンを毎日練習していれば、誰でもできるようになります。
それよりもお客様と良い関係を築くために、お客様のことを好きになること。また、お客様とひとりの人間として向き合い、『もっと、お客様の役に立ちたい』と思いやる気持ちが大切です。それによって、もっと良い商品を作ることができるのです」
(2)お客様の言いたいことを汲み取る姿勢
失敗の中から学んだこともある。はっきりストレートに意見を言い過ぎて、お客様を怒らせてしまった経験もあった。
「今はさすがにケンカをしないですが(笑)、若い頃は、理不尽なことを言われると、正義感からケンカをしてでも理解してもらおうと、はっきりと自分の意見を伝えていました。しかし説得することよりも、お客様が何を求めているのかを汲み取って、それに応じた話をすることが大切なのだと気づきました」
(3)お客様の期待以上の仕事をする
「誰かに何かを頼まれたときに、『どのようにすれば、期待以上のお返しができるだろう』と、常に考えています。お客様に“1”を言われれば、“10”を返したいという精神が、新人の頃からありました。
お客様に言われたことをそのまま行うのではなく、お客様に『こんなことまで、やってくれるんだ』『小川さんがいてくれたから、こんな結果になった』と喜んでもらえるように、期待以上の仕事をしたいと思っています」
(4)いろいろな営業マンの長所をマネする
また、いろいろな営業マンの長所をマネすることを心がけた。
「周りを見渡して、『どのようにすれば、一番になれるのか?』を分析していました。誰か1人ではなく、いろいろな人の良いところを取り入れていかなければ、一番にはなれません。売上成績が上がっている営業マンには、数字が上がる理由があります。私は、『なぜ、その人が数字を上げることができたのか』について、しっかりと研究していました」
(5)計画を必ず実行する
そして、毎日の努力も怠らなかった。
「人の何倍も努力することに決めていました。いつも“有言実行”をモットーとし、“やるとなったら、絶対にやる! できるまで、やる!”ということを貫き通しました。一生懸命やっていれば、結果はついてくると思っていました」
グループ会社 2社の取締役に抜擢
高い営業力が評価され、入社3年目、28歳のとき、新しいグループ会社の取締役に抜擢された。事業開発から営業、会社の経営、従業員の採用まで、いわゆる新規事業の立ち上げを全般的に任された。
小川さんは、売上を上げるために奔走。そして会社が軌道に乗ると、また次にできた新会社の取締役に。新しい会社を作り、軌道に乗せる経験を着々と積んだ。
「創業メンバーとして、会社の立ち上げから、会社を経営する中で発生するさまざまな問題を経験したことで、仕事に対する大きな自信がつきました」
「エンジニアの働きやすい環境作り」ができず、退社
新しい会社では、エンジニアの働きやすい環境作りをしようと試みた。以前から、エンジニアの「仕事がきつく、つらい」という声をよく耳にしていたのだ。小川さん自身もかつて、エンジニア時代に体を壊した経験があるので、その気持ちはよくわかった。
ピラミッド型の組織の中では、エンジニアは、システムを設計する上流工程にかかわることができず、システムを実際に使う人の顔も見えない。モチベーションを上げるのが難しいのだ。
仕事に疲れた社員を労わる仕組みもなかった。たいへんな仕事だからこそ、社員同士が明るく声を掛け合える風通しの良い環境は必要だと感じていた。そこで小川さんは、それを社長に直訴するが、経営の安定していた会社側には、仕組みを変える方針はなかった。
「私が取締役になった新会社は、社員同士のつながりやコミュニケーションを大切にする組織にしたいと思っていました。教育もしっかり行い、人を大切にする仕組みのある会社にしたかったのです」
しかし、小川さんの考え方と会社の方向性との違いが明確になってしまった。その頃、同じような志を持つ技術者に出会い、「社会に役立つシステムを作っているエンジニアの仕事は、本当は夢のある仕事のはず。業界に今までなかったような、理想の会社を作りたい!」と決心し、会社を辞めた。
理想の会社を作るため起業 資金集めに苦労せず
2004年3月、30歳のとき、株式会社トラントを設立。トラントは、フランス語で“30歳”を意味する。資本金は1,400万円、自宅マンションで、役員を含め4名で事業をスタート。
資金集めには、まったく困らなかったという。独立して新事業を始めることを知人に伝えると、トップ営業マンである小川さんへの信頼が厚かったのだろう、出資の申し出が多く集まった。「これ以上お金が集まると、私の持ち株比率が過半数より少なくなってしまうところでした」
会社設立2カ月後には、東京・青山一丁目のオフィスビルに引っ越した。最初はフリーのプログラマなどを雇い、事業が軌道に乗ると、自社雇用のプログラマを増やしていった。
「できる限り早く会社の実績を作るために、信用力のある大手企業との取引を増やしたい」と、営業職時代と同じように、大手企業への営業に回った。また、「取引しやすい会社には、どんなタイミングでもアポイントが取れるもの」という確信があったそうだ。
営業力がある同社は、会社設立1年目から順調に売上を伸ばした。1年目の年商は、約1億5千万円。業績も好調で社員数も増え、2006年1月にはオフィスを赤坂見附に移転。5年目の年商は、8億円になった。
新人でも活躍できるよう、社長自らが動く
「経営者だけが儲かる会社では、おもしろくありません。社員教育や仲間作りに力を入れ、社員全員が、会社を大きくするために試行錯誤できるような会社にしたいと思っています」。
具体策として、たとえば、新入社員1名に対して先輩2名がつき、仕事やメンタルのサポートを行う「ダブルメンター制度」を設けている。
「社員を大切にする仕組みを作ることは、社長の仕事だと思います。弊社はベンチャー企業なので、入社3年目にやっと発言権が与えられるようなピラミッド型の組織でなく、社歴が浅いメンバーにも、チャンスが与えられるフラットな会社にしたい。新入社員だろうと、まだ入社していない内定者だろうと、意見の言える会社にしたいのです」
自由に意見が言える環境作りには、円滑なコミュニケーションが生まれるレクレーションが功を奏す。社内イベントでは、小川さん自身も若いメンバーと話をする機会を増やし、従業員がお互いのことを知る機会を設けている。
昼間は、クライアント先に常駐して仕事をする従業員も多いため、毎月、懇親会を開き、60名が一斉に集めてコミュニケーションを図る。お酒をあまり飲まない小川さんは、盛り上げ役に徹するそうだ。
また、バスケットボール、フットサル、ゴルフ、ダーツの部活動があり、組織の垣根を越えた交流もなされている。
目指すのは、業界に影響を与える会社
小川さんに、これからの夢をうかがった。
「数あるシステムインテグレーターの中で、業界に影響を与え、業界を引っ張っていけるような会社になりたいですね。この業界には、お客様が使いやすい仕組みを作るのではなく、作り手が作りたいものを作ってしまう傾向があります。いわゆる製造業みたいなところがあるのですが、本来、システムインテグレーターは、情報サービス業です。
弊社は、お客様にとって、本当に役に立つサービスを発信できるような会社になって、業界に影響を与えられるようになりたいですね。業界自体を変えていくことは、私たちのようなベンチャー企業の役割だと思っています」