オラクル出身技術者の伝えない伝承 ~素人たちのどっぷり検証生活~
東京から電車で1時間。茅ヶ崎駅近くのインサイトテクノロジーはデータベース管理製品を開発する小さなソフト会社だが,その技術力は日本オラクルからも一目置かれる。設立メンバーだった元オラクル社員の技術力が,キーボードも叩けなかった新入社員や異業種からの転職組といった“素人たち”に受け継がれている。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090129/323740/?ST=system
技術者集団を率いるのは,小幡一郎氏(取締役 CTO)。日本オラクルでデータベースの開発に携わった経験を持つ小幡氏は,データベースの内側を知り尽くした技術者である。
「インサイトでは私は何も教えていない。勝手に育っている」。
こうは言うものの,教え子たちの言葉を聞けば,小幡氏独特の伝承スタイルが見えてくる。小幡氏は,学ぶ場を作り,テーマを与え,答えを考えさせる。頭を抱えて聞きに来ても答えは教えず,時には怒鳴り,時には優しくアドバイスを与えるだけである。
朝練から1日がスタート
インサイトの1日は“朝練”と呼ばれる勉強会から始まる(写真1)。開発メンバーの一人が講師となり,その日のテーマを議論する。参加は自由。開始は午前8時。数人でスタートし,徐々に人が増え,終わる頃には20~30人が出席している。長いときは午前中いっぱいを費やすこともあるという。
写真1●毎朝8時から実施している朝練の風景
出席は任意。この日のテーマは「同社製品の次期バージョンに実装する機能のブレスト」だった
社員が増えた今でこそ持ち回りで講師役を務めているが,数人で会社を設立した当時は小幡氏がもっぱら講師だった。Oracleの中身を座学スタイルで徹底的に教え込み,実機でとことん検証させた。小幡氏が日本オラクルの出身だけに,その内容はマニュアル類や市販の教本よりはるかに深かった。
「本業の製品開発とは別に,勤務時間の7割を座学や検証に費やしていた」。当時の教え子の一人 成田裕亮氏(営業本部 課長)はこう振り返る。成田氏はメインフレーム上のアプリケーション開発を手掛けるITベンダーからの転職組。DB2を触ったことがあったが,Oracleは初心者だった。
ここで学んだことがメルマガ「おら!オラ!Oracle -どっぷり検証生活-」に発展する。当時開発部にいた成田氏が「座学と検証で得たノウハウを何らかの形で共有したい」と提案して始めたものだ(図1)。このメルマガ,名前もふざけているが,検証内容もふざけている。ただ,浮き上がってくるノウハウは本物だった。
バカなことからノウハウが生まれる
「バカみたいなことをいっぱいやった」(成田氏)。まだ名も知られていなかった同社の「Performance Insight」など国産の小さなソフトウエアが海外製品と互していくには,他社にない新しい発想が必要だった。検証の積み重ねが自社製品の新しい機能を考えるヒントになった。
あるときは,インデックスのダンプを1週間眺め続けた。インデックス・キーを挿入すると,あるブロックが追い出され,新しいブロックが作られる。1週間も眺め続けるようなものではないのだが,「不思議なもので,眺めているとOracleのインデックスのクセが見えてきた」(成田氏)。
インデックスは検索件数を絞り込むことで検索速度を向上する仕掛けである。ところが「条件によっては逆に遅くなるという動きがハッキリ見えた」(成田氏)。インデックス検索が全件検索よりも遅くなることがあるというのはデータベース技術者の間では知られた定説だが,それをダンプの上で見た人はそうはいないだろう(写真2)。
写真2●メルマガ初代執筆者の一人,成田裕亮氏
2005年12月に建材メーカーから転職してきた溝上弘起氏(テクノロジーコンサルティング本部)を育てたのもメルマガだった。最初の仕事はOracleのクラスタリング・ソフト「RAC(Real Application Clusters)」のインストールだったが,ITのことは全く知らなかった。「RedhatがOSの名前だということも知らなかった」(溝上氏)。
telnetでのログイン,ftpによるファイル転送,zipを使った圧縮と展開…。初めての経験を「Oracle新人のRACインストール」としてまとめるよう指示された。経験を書くことで頭が整理され,何となくできたようなことがノウハウ化された(写真3)。その内容を,1年半にわたりメルマガに連載した。今ではRACをインストールする案件で分からないことがあれば,先輩も溝上氏に聞きに来るようになった。
写真3●先輩に鍛えられる入社2年目の溝上弘起氏(奥)
刺激を与えるとまっすぐ伸びる
現場がせっぱ詰まれば,夜も土日も関係なく小幡氏は付き合った。「OracleがSQL文の開始/終了をどこで判定しているかを知る必要があったが,ダンプのどこを探しても見つからないということがあった」(開発本部 新久保浩二氏)。そんなとき,相談してもいきなり答えは教えてくれない。
小幡氏から「あの辺じゃない?」「この辺りを見たら?」というアドバイスを受ける。アドバイスを10個もらったとすると,役に立つのは一つか二つ。わずかな手掛かりを頼りに,答えを自分で見つけるという作業を繰り返した。このような形で新久保氏は,小幡氏の視点や発想を受け継いだのである。
「中国には『麻(あさ)の中の蓬(よもぎ)』ということわざがある。普通なら曲がってしまう蓬も,まっすぐ伸びる麻と一緒に育てるとまっすぐ伸びる。私がやっているのは,曲がりそうな蓬の技術者に,麻の刺激を与えることだけ」(小幡氏)。
朝練やメルマガなど,様々な“麻”を社内に植えてきた小幡氏だが,また最近さらに新しい麻を植えている。「インドのソフト開発会社に技術者を派遣している」(小幡氏)。本来の目的はインド人に対する技術指導だが,インド人のハングリーな姿を見せると,それに触発されてこちらの技術者の目がきらきらしてくる。
「今,社員が作るものを見ていると,もう今は自分が戦力になっていないと感じることもある」。
小幡氏の教え子たちは,小幡氏にこんな言葉を言わしめるところまで成長している。
(手嶋 透=日経SYSTEMS,尾崎 憲和=ITpro) [2009/02/09]