熟知の技術を生かしたエンジニア転職で年収アップ
年俸制で妥当な年収。得意とする技術を応用した製品開発を担当。鈴木透さん(仮名・48歳)は、そのプロジェクト・リーダーとして、設計構想や日々の業務内容の決定まで一任されていた。あくまでも自分のペースで仕事ができ、大手メーカーのOEM生産も手がけけていて、仕事にはある程度満足していた。そんな鈴木さんにもたらされたのは、彼の得意技術を応用した新たな機器開発のための求人話。それが年収100万円アップに結びつく。
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製造ラインでの職人芸
仕事は面白かったんですよ、と鈴木さんは話す。
前職は産業用ロボットのシステム開発。社員30名弱の小さな会社だが、OEMで大手メーカーにも販売するような先端製品を設計するエンジニアだった。
「簡単に言うと、無料のソフトを駆使しながらシステム設計図を書き、それをアジア系の技術者にカスタマイズしてもらって、販売する仕事でした」
無料ソフトと、賃金が安いベトナムや台湾人技術者を組み合わせる。その結果、他社と比べて、製品価格を大幅に抑えることができる。その上で、取引先が求める一定の品質レベルを満たせば、仕事は受注できる。それが強みの会社だった。
鈴木さんによれば、多くの産業用ロボットの製造ラインは、新旧のシステムが混在しながら稼動している。ハードディスクで動くもの、フロッピーディスクが必要なもの、あるいはインターネット接続が必要なものなど。それら新旧両タイプの産業用ロボットが混在しながら、製造ラインは構成されている。
彼は、「理由は簡単で、すべて新規のロボットに統一すれば、お金がかかるからです。その半面、新旧のソフトを統合して、ひとつの製造ラインを動かすのは簡単なことじゃない。ある意味、そのシステム開発にも職人芸が求められるんですよ」と、少し誇らしげに話す。
鈴木さんは、そのシステム開発の責任者として、業務内容や設計構想を一任されていた。そのため、仕事のペースも自分で決められる。会社として一定の実績もあるから、大手メーカーの仕事も手がけられる。技術者として、その両面でやりがいを感じていた。
コストダウン至上主義に嫌気
反面、経営陣の経費圧縮策には行き過ぎな部分が目についた。
鈴木さんが働いてみてわかったことだが、同僚の外国人技術者は正社員ではなく、賃金は低く抑えられていた。ボーナスの支給規定もいい加減で、会社が儲かった場合はドッと支給されたが、そうでないと社員旅行でお茶を濁す場合さえあった。
彼自身は、会社と年俸制契約を結んでいたため、当初そんな実情には気づかなかった。経営陣のコストダウン至上主義の、もう一つの側面だった。
「一事が万事で、そういうものが技術にも出てしまうんですよ。私が担当するシステム設計なら、一定の技術的な優位性さえあれば、顧客ごとに誠実に作り込まなくても良しとするような空気。あるいは、厳しい品質チェックもなく、製品を出荷してしまったりね」
一般企業なら、製造工場での厳しい品質管理は前提。しかし、その会社は、正社員による品質管理の部分が中抜きされて、先に触れた外国人技術者がそれを代行していた。鈴木さんのシステム開発に技術上の優位性があり、価格がリーズナブルなら、納品後に多少のトラブルがあっても、取引先を逃がすことはない。そんな会社の思惑が、彼には透けて見える気がした。
鈴木さんに転職話が持ち込まれたのは、そんな社風に嫌気が差しだした頃だった。
技術者心がうずいた瞬間
「じつは、まだ超音波関連の技術に興味があるんなら、いい会社があるんですが……」
技術者系人材サーチ会社で顔見知りの担当者は、開口一番、そう言った。
現在のシステム開発に従事する前、鈴木さんは別会社で、超音波関連機器の開発を担っていた。それをよく知る担当者が、新たな案件を持ち込んできた。鈴木が熟知する超音波技術を応用した、新たな機器の開発。そう聞いた瞬間、鈴木の心がぴくりと動いた。
「うーん、技術者の性(さが)みたいなもので、自分が熟知する技術を応用した機器開発と聞くと、どうしても心が動いてしまう。しかも、誰も手をつけていない高度な技術開発と聞けばなおさらですね。その会社の概要さえ聞かずに、つい転職を考えてしまいそうになる。それで今まで家族にも迷惑をかけているので、慎重にならないといけない。そう、頭ではわかっているんですけどねぇ。今回は、家内からも『1、2カ月は働かなくてもいいから、しっかり考えて』って言われてましたし……」
少し苦笑しながら、鈴木は率直に明かす。
前職で鈴木さんが担当したのは、超音波による機械洗浄機の開発。簡単に言うと、眼鏡店の店頭に近頃よく設置してある、超音波を使ったレンズ洗浄機のより高度版と理解してもらえばいい。
貴重な仕事と出会えたと、当時の鈴木さんは思った。
超音波の応用技術には、今後幅広い用途が見込まれる。前職時代は、その洗浄機器の開発が縁で、約250から300社と付き合いがあった。事実、製造ラインの産業用ロボットのシステム開発でも、超音波洗浄の技術は組み込まれている。さらに彼の得意な超音波技術が、今回の転職の引き金でもある。
しかも、彼が現在手がけている工場の製造ラインのシステム開発と、超音波洗浄の両方をわかる技術者は、現状では滅多にいない。鈴木が転職によって身につけた、希少な技術キャリアだ。
それは特集冒頭の、IT系人材サーチ会社「アイテック」清野さんの指摘とも重なる。
花形技術だからと、はやり廃りのあるものに安住するエンジニアの危うさを指摘した上で、清野さんは、「時代の変化を読みながら、自分が得意とする技術をより発展、進化させていくために、新たな活躍の場を求めようとする人たちがいるわけです」と語っていた。
鈴木さんは、まさにその一人。しかも新たな転職によって、国内製造業のエンジニア転職ではなかなか難しいという、年収アップまで勝ちとることになる。
キャリア開拓としての転職
自分の得意技術の応用開発という転職話に心躍らせた鈴木さんは、その半面、自分のやりたい仕事と、将来的なスキルプランとの兼ね合いも、冷静に考えていた。
「具体的に言うと、技術職としての自分が今どういう位置にいるのかという認識。業務上、自分の夢とは何なのかという将来像。その夢を実現するには、自分の技術キャリアをどう展開させていくべきなのか、という展望。そこを正確に吟味できれば、エンジニアとしての進路は、自ずと見えてくると思います」
鈴木さんから見ると、20、30代のエンジニアは、そういったキャリアプランがひどくあいまい。というか、そんな発想自体がない人も多い。もしくは、キャリアのプランニング自体がひどく苦手に見える。
「仕事柄、新しい技術や製品開発には心引かれやすい。ただし、安直に転職話に飛びつけばいいわけではありません。物事には順序があるように、その開発作業で、自分が確実な戦力となれる技術レベルにいるのか。その客観的な判断力が必要。そのレベルに達していないのに転職しても、足手まといになる危険性が高い」(鈴木さん)
彼のように40代で家族もいる場合、安易な転職はリスクが高すぎる。
「ただし、私の経験から言うと、転職時には大きなエネルギーが出ます。新天地で頑張ろうと、仕事への集中力も自然と高くなる。技術者としてはステップアップできるチャンスでもある。いわばキャリア開拓の好機でもあるんです」
自分の技術レベルとキャリアプラン、そして転職で求められる業務内容。その冷静な判断が求められる。鈴木さんは検討の末、去年8月、さらなる転職を決意した。(つづく)
荒川 龍(あらかわ・りゅう)
1963年、大阪府生まれ。国立大学在学中に韓国・延世大学韓国語学堂に1年間語学留学。
大学卒業後、週刊誌記者をへてフリーに。人物ルポを中心に、経済・社会問題を中心に取材している。著書に『「引きこもり」から「社会」へ』(学陽書房)、『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社。2007年1月に放映された、水野美紀主演のNHK土曜ドラマ『スロースタート』の原案となる)。