競争力を高めるベストプラクティスを探せ
いまださまざまな解釈と評価に分かれるWeb2.0。しかし、すでに経営のあらゆるシーンで、その成果が上がりつつある。顧客と経営をより密接につなぎ、収益性もアップ──。そんな実例をレポートする。
2008年08月13日 08時00分 更新
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0808/13/news003.html
インディアナ州在住のジュリア・フロスト・イェークさんは、彼女の妹が亡くなった後、家族の思い出の品を整理していたとき、1936年に撮影された1枚の古い写真を見つけた。それは自宅のメールボックスの横で種苗会社バーピーのメールオーダーカタログを広げる2人の少女を写したものだった。父親と同じようにガーデニングを趣味にしていたイェークさんは、その白黒写真と、カタログの最新号を広げてメールボックスの横に立つ1999年の自分のスナップショットを創立100年を迎える老舗企業に送った。写真に添えた手紙には、「あれから63年、わたしはいまもバーピーの種を愛用しています」と書いた。
ペンシルバニア州ワーミンスターのW.アトレー・バーピーには毎年数千通の手紙が届くが、イェークさんの手紙は社員の間でも評判になった。イェーク姉妹の写真と手紙は、同社がWeb戦略の一環として導入したブログとRSSフィードで、顧客エクスペリエンスの1つとして紹介された。姉妹の画像と物語は他の顧客のロイヤルティーを高め、ファミリーガーデニングの伝統を共有するのに役立っている。
「われわれの顧客は常にわれわれとともにあった」と語るのは、バーピーのマーケティングと電子コマースを担当する社歴20年のベテラン、ドン・ザイドラー氏だ。「通常のやり取りだけで、顧客層を効果的、効率的に拡大することは難しい」
過去と現在:W.アトレー・バーピーは、60年にわたって同社の種を愛用してきたジュリア・フロスト・イェークの昔と今の写真、そして感謝の手紙をWebサイトに掲載した
バーピーと同じように競争の激しい業界で生き残りをかける企業の多くは、オンライン・エクスペリエンスのあり方を再定義するインタラクティブなWeb2.0ツールのおかげで、顧客とコンタクトを図るための新しい方法を見出しつつある。製品開発や販売戦略がWebの特性や機能への依存度を高めつつある中、ブログ、ウィキ、ポッドキャスト、そしてマッシュアップなどもまた、CIO(最高情報責任者)が社外の顧客や社内のエグゼクティブに近づく手段としてきわめて有効だ(マッシュアップは、複数のソースのエレメントを統合したWebページやアプリケーションのこと)。
フォレスター・リサーチの最近の調査によると、調査対象となったCIO 119人の89%が、何らかのWeb2.0技術を利用していた。Web2.0の定義はいまだ人によって異なるが、CIOの多くは、軽薄なうたい文句に惑わされることなく、特定の技術やツールに焦点を絞るべきだと考えている。
「わたしはCIOとして、この技術戦略を推進する。Web2.0とSOA(サービス指向アーキテクチャ)は、われわれのアーキテクチャのキーコンポーネントだ」と語るのは、ロサンゼルスに本拠を置くシティ・ナショナル銀行の上級副頭取兼CIO、ジョン・ビール氏だ。同行では、顧客向けのポッドキャストとRSSフィードが大きな成功をもたらした。「第1の目的は、行内の関係部局や顧客とのコラボレーション、情報共有の強化だ。Web2.0とSOAを利用することで、その目的を達成できると確信している」
Web2.0について語るとき、多くの人々はポピュラーなSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)やウィキペディアを思い浮かべるだろう。しかし、実は伝統的な収益モデルを持つ健全なミッドマーケット企業群も、この新しいWeb技術を既存のインフラに着々と取り込みつつある。各社のプロジェクトは、Web2.0のカテゴリーにぴったりと収まる場合もあれば、双方向性やユーザー主導、単純な操作性といったWeb2.0に共通する特性をシンプルに導入しただけの場合もある。だが重要な点は、いずれの企業もWeb技術を利用し、人々がお金を払って顧客になる以前から、自社のビジネスシステムにユーザーを招き入れていることだ。
ただ、これらのインタラクティブなツールはプライバシーやセキュリティの問題が絡むため、Web2.0の世界へ足を踏み入れるCIOは、そのあたりに十分留意しなければならない。ガートナーのアナリスト、ステッサ・コーヘン氏は、まずブログやウィキといったシンプルなツールの社内利用から始めることも1つの方法だと話す。フォーラムを立ち上げれば、スタッフ同士でアイデアを共有したり、非公式にコミュニケーションを図ることができ、縦割り組織の弊害を打破して、コラボレーションやイノベーションを促進することが可能になるだろう。またスタッフは、いずれ顧客が利用することになるツールを実地に体験することもできる。
「理論的に考えるだけでなく、自らの手でどのように使えるか、社内で実際に試行錯誤できる」とコーヘン氏は語る。
ここでは、小売、製造、銀行、転職情報サービスの各分野で、革新的なWeb技術を導入して業界をリードし、それまで想像すらできなかった方法で顧客の信頼を勝ち得たミッドマーケットITリーダー4人の成功事例を紹介する。
01 小売業:ブログとRSSフィードで豊かな実りを実現した
1800年代に家族経営の園芸ビジネスとしてスタートした会社が次世代インターネット技術のリーダーになるとは、誰が予想しただろう。バーピーは最もスタンダードなWeb2.0技術の実装に成功した。同社に大きな効果をもたらしたのは、ブログとRSSフィードだ。
読み物を見つけるためにRSSフィードを利用していた従業員のアドバイスで、同社は2年ほど前、自前のフィードを立ち上げ、顧客の庭の紹介や新製品、特売品の告知、園芸のヒントなどをまとめたブログをスタートさせた。そしてバーピーは、顧客が製品レビューを投稿できるようにするため、バザーボイス社のツールを追加導入した。
「隣家の人と庭の垣根越しに話をするような感覚だ。季節ごとのアプローチではなく、顧客とコンスタントにコミュニケーションを図ることができる」とザイドラー氏は言う。バーピーのようなミッドマーケット企業は通常、CIOたちがWeb2.0プロジェクトを主導しているが、経営陣の中には電子コマースの専門家も多い。
マーケットに種をまく:Web2.0に取り組み、顧客との双方向コミュニケーションを実現して、バーピーは売上げを伸ばした──ドン・ザイドラー氏 同社では、Web2.0ツールの導入によってもたらされた実証的メリットは計測していないものの、売上高はフィードの開始直後から順調に伸びているという。
ザイドラー氏と社長、上級副社長たちは、顧客向けのフォーラムを置くと、自社製品に批判的な意見が書き込まれるのではないかと心配していた。しかしザイドラー氏によると、ほとんどのコメントは比較的フェアなものだという。同社では当初から、1つの方針を維持している。それは、不正確な情報が投稿された場合、例えば流通に起因する問題であるにもかかわらず、製品への苦情が寄せられたときなど、サイトから削除する権利を留保していることだ。
顧客の製品レビューは、不利益よりもはるかに大きなメリットをもたらした。評判の良い製品が販売を伸ばし、評判の悪い製品が販売を減らしても、それをカバーして余りある利益が得られるからだ。またザイドラー氏によると、製品レビューはバーピーの経営陣を啓発するとともに、顧客からのフィードバックが製品の改善に大きく貢献しているという。「フォーカスグループでは、こうした臨界点を超えることはできない」と同氏は語る。
02 転職情報サービス:新ツール導入後、登録件数は3カ月で300万件に
IT人材紹介ビジネスで38年の実績を誇るTACワールドワイドは、求職者15万人の履歴書をデータベース化していた。それだけでも大変な数字に聞こえるが、同社の副社長でCIOのスティーブ・モリン氏によると、創業以来のマジックが始まったのは、Webベースの新しいリクルートメントツール、TACSourceを導入してからだという。事実、わずか3カ月で、TACのデータベースに登録された履歴書は300万件に達した。
「データベースの爆発的な膨張にわれわれは圧倒された」と語るのは、マサチューセッツ州デッドハムのTAC(従業員数550人)で9年前からCIOを務めるモリン氏だ。「われわれの網は一気に20倍に拡張した」
現在、同社のスタッフ400人ほどが、サードパーティのベンダーにホストされたTACSourceのパワフルな検索照合機能を利用している。このアプリケーションの役割は3つある。まず、TACとクライアントをWebでダイレクトにつなぎ、企業側からTACのリクルーターへ職務内容説明書をリアルタイムで送信できるようになっている。一方、TACは企業の求人情報を自動的に検索することが可能だ。そして現在特許出願中のアルゴリズムにより、リクルーターは求人条件に適合する人材の履歴書を自動的に表示させることができる。「これらのことをインテリジェントかつ自動的に実行できるのは革命的」と、同社のIT予算750万ドルを管理するモリン氏は胸を張る。リクルーターはまた、プロセス中にさまざまなキーワードを入力し、50件の検索結果を、例えば5件に絞り込むことも可能だ。
「このアプリケーションは非常にユニークだ。ドキュメント、すなわち履歴のデータを、地域、スキルセット、経験など、さまざまなパラメータを使ってピンポイントで絞り込むことができる」と同氏。
意識改革:Web2.0でサービスを強化し、従業員の成績は25%以上向上した──TACワールドワイドのCIO、スティーブ・モリン氏 昨年6月、TACはRSSフィードの試験運用を開始した。これにより、例えばダラスのエンジニアリング会社は、ダラス周辺に在住する求職者や特定のスキルを持つ技術者の情報をRSSフィードで受信することが可能になった。一方、仕事を探している人々は特定の産業や地域向けの最新の求人情報をティッカー形式で受信できるようになった。
「新しい技術は非常に有効だ」とモリン氏は述べ、次期四半期にもクライアントの確認を得て、2008年早期に本格運用に移行したい考えを示した。「Web2.0は常にわれわれの念頭にある」
同社が導入したツールキットは、「CIOの仕事を事業収益性重視に向わせる変化をもたらした」とモリン氏は話す。「TACSourceや他のソリューションを核にWebを活用すれば、クライアントに提供できる付加価値サービスの幅を広げることができる。そうしたイニシアティブは、社内と社外を結ぶコアプロセスにITがどう組み込まれていくかを示す好例だ」
従業員間の情報共有を目的とするWebプロジェクトでしばしば見られることだが、同社のシステムに対しても当初は若干の抵抗があった。この業界で長く働きノウハウを蓄積してきた古参のリクルーターたちは、誰もがプールされた情報にアクセスできるようになれば、自分たちの優位性が失われると懸念したのだ。しかしモリン氏は、めざましい導入効果─人材紹介の迅速化がリクルーターたちの説得に役立ったと話す。
TACのエグゼクティブたちは、TACSourceの導入によって、リクルーター全体の週ベースの成績が25%向上したと見ている。IT技術に精通したリクルーターの中には、すでに成績を2倍に伸ばした者も出ているという。そしてTACSourceを利用するクライアントは、人材獲得までの時間が短縮されたことを高く評価している。「リアルタイムで、プロアクティブに必要な人材を確保できるようになったからだ」(モリン氏)
03 銀行サービス:ポッドキャスト・バンキングがこれからの可能性を拓く
長年、シティ・ナショナル銀行は、投資家たちにマーケットの最新情報を提供するため、電子メール形式のニューズレターを発行していた。しかし、クライアント側でスパムフィルタの設定を間違えてニューズレターが届かないことも多かった。
年間収益8億4800万ドルの同行は、すべての顧客にタイムリー、かつ信頼性の高い方法で情報提供を行う必要があった。そこで2006年1月、電子メール形式のニューズレターを改装、顧客にRSSフィードの購読を勧めた。これにより、スパムフィルタの問題は解決し、顧客との間に新しいコミュニケーション・チャンネルを得ることができた。
「Web2.0は多くの企業にさまざまな利益をもたらす。特に金融サービス分野には最適だ」と語るのは、1999年からCIOのジョン・ビール氏とともに同行の電子コマースを推進してきた上級副頭取のマーク・ミドルブルック氏だ。
顧客向けにRSSフィードとポッドキャストを開始する以前から、同行のスタッフは行内のイントラネットで、毎週、最高投資責任者の音声によるマーケット情報を聞いていた。同行の幹部は、その内容に若干手を加えて一般公開することにしたのだ。Webの経済性と利便性は明らかであり、そのアイデアが上級エグゼクティブたちのサポートを勝ち取るまでに、それほど時間はかからなかった、とミドルブルック氏は振り返る。
今後はAjaxなどインタラクティブな操作性を
ポッドキャストとRSSの運用に携わるミドルブルック氏のチームメンバーは、市販のHTMLオーサリングツールでフィードを作成している。シティ・ナショナル銀行では現在、マンスリーで金融、国際ビジネスのアウトルックを、またウイークリーでマーケットの最新トレンドをポッドキャストし外為動向やSEC(証券取引委員会)関連情報など7本のRSSを流している。
「ポッドキャストやRSSフィードは、われわれのクライアントや行員同士を結ぶ重要なコミュニケーションツールだ。シティ・ナショナルはこの技術のアーリーアダプターであり、そのポジティブな利益を十分認識している」とビール氏は語る。
多くのCIOと同様、同行のWeb戦略はビール氏が統括しているが、それらのツールのテストや実装は、マーケティング役員の配下でIT部門と緊密に連携するミドルブルック氏の担当だ。
同行では現在、ブログを次の情報ツールとベストプラクティスポータルに利用することを検討している。またWebサイトにAjax(Asynchronous JavaScript and XML)を導入することも計画中だ。ミドルブルック氏によると、現時点ではまだ検討段階だが、Ajaxを利用すれば、さまざまなプログラミングツールを組み合わせて、ユーザーのリクエストを瞬時に処理できるインタラクティブなWebアプリケーションを構築できるという。
「今後も付加価値を高める効果的な手法として、これらの技術を着々と導入していく」とミドルブルック氏。ともかくフィードへの需要は増加する一方だ。「その点からも、われわれが正しい方向へ進んでいることは間違いない」と同氏は語る。
04 製造:新たなオンラインサービスでグーグル検索リストのトップに
IT担当役員のゲーリー・ウォーレス氏が8年前、アンダーソン・ハードウッド・フロアーズ(売上高1億ドル)に入社したとき、コンピュータの役割はまだそれほど大きくなかった。当時、従業員150人の小さな企業の製造プロセスは、ほとんど手作業で行われていたからだ。しかし、ハウジングブームの到来とともにホームリノベーションが大流行し、アンダーソンの売上高は4倍に増加。電子コマース部門の存在感が増す中、ITは経営戦略上、非常に重要な役割を担うようになった。6年前、ウォーレス氏はたった1人でITを管理していたが、現在は4人のITスタッフを指揮している。
「ここ数年で、アンダーソンは急成長した」とウォーレス氏は振り返る。いまや全米5カ所に拠点を構え、従業員数も600人を超えた。ママパパ・ショップからフローリング業界のメジャープレーヤーへ変貌していく中で、ウォーレス氏は昨年、マイクロソフトのSharePoint Serverをインストールし、請求書や休暇に関するポリシーからプロジェクトファイルまで、社内のさまざまな情報およびドキュメントのセントラル・リポジトリを構築するとともに、Web2.0の世界へ足を踏み入れた。
もっとも、新システムをインストールする前から、アンダーソンは顧客向けのインタラクティブなWebツールの可能性について十分認識していた。同社は1年前、簡素なWebサイトをオーバーホールし、ユーザーが実際に自宅を改築する前にさまざまなフロアタイプやフロアカラーをオンラインのバーチャルルームで確認できる「アンダーソン・デザインセンター」を追加した。
Webサイトをリニューアルする前、アンダーソンのサイトにアクセスするユーザーは週に500人程度だった。しかし次世代サイトをオープンしてからわずか1カ月で、1日のサイト訪問者は1500人を突破するまでになった。「評判を呼ぶまでに、それほど時間はかからなかった」とウォーレス氏。わずか数カ月で、グーグルの検索リストのトップに“ハードウッド・フロアーズ”が現れたという。
ウォーレンス氏はデザインセンター用のインタラクティブなプラグインを探し、最終的にノースカロライナ州ローリーのフロアリング企業向け仮想化ソフトの専業ベンダー、ダンキック・インターナショナルの製品を選んだ。ウォーレス氏のチームは、1カ月かけて数百枚のフロア写真を撮影した。既存の画像が使えなかったのは、ライティングとカラーがサイトの表示に見合うクオリティになかったからだ。「最大の失敗は、見えない部分の作業量を過小に見積もっていたことだった」と同氏は語る。
サイトにアクセスした消費者をガイドし、高品質でダイナミックなコンテンツを提供できるように、現在、ウォーレス氏のチームは検索エンジンの最適化に全力を挙げている。
デザインセンターのソフトはダンキックが開発し、サイトそのものはアンダーソンの社内でホストされている。今年1月、Webサイトのセカンドバージョンの運用を開始した。将来的にウォーレス氏は、ユーザーが自宅の写真をアップロードし、アンダーソンのフロア画像をオーバーレイできる機能を提供したいと考えている。
同社のWeb戦略が成功したのは、社長や副社長、その他のエグゼクティブが全面的にサポートしてくれたおかげだ、とウォーレス氏は話す。「Webが消費者向けの優れたマーケティング、情報ツールであることを彼らは十分に理解している」