前編 シリコンバレーは、世界中の優秀な人材を求めている
IT産業に従事する者で、シリコンバレーを知らない人はいないだろう。アメリカはサンフランシスコ・ベイエリア南部に広がるIT産業の集積地として有名なこの地へのツアーを、ITエンジニア派遣のパソナテックが行った。同社に登録する派遣エンジニア12人が参加したこのツアーから、現地のIT企業の様子、エンジニアたちのワークスタイルやキャリア形成と、それを体験した日本人エンジニアの意識の変化についてレポートする。
前編では、視察した2つの企業、VMwareとヒューレット・パッカード(HP)について紹介しよう。
■環境に配慮した企業、VMware
仮想化技術で有名なVMware社。パロ・アルト市にある本社オフィスは、環境に配慮した造りになっている。建築家ウィリアム・マックダナウ氏によって設計されたこのオフィスは、「森の中の会社」がコンセプトだ。水をリサイクルし、オフィス家具もリサイクルされた木製製品を使用。もともと敷地内にあった大きな樫の木を切らないように、その周りに建物を配置するという気配りも行っている(写真をお見せしたかったのだが、残念ながらオフィス内は撮影禁止だった)。
カフェテリアでも、環境への配慮は見られた。周囲250メートル範囲内で作られたもののみを使用したオーガニック素材の料理は社員の健康と社会への配慮に基づいており、キッチンでもゴミは出さず、食器は腐葉土に変えるという徹底ぶりだ。スナックルームも、健康的なもののみを置くようにしているという。社員は無料で食べ放題。「コストはかかるが、スタッフの満足のため」だという。
マーケティング・マネージャのウォーレン・ウー氏による企業紹介からも、そうしたVMwareの姿勢はうかがえた。仮想化技術によってコンピューティングの変化をリードする、というビジョンをベースに、現在の同社の中心事業であるサーバの仮想化で「1000台のサーバを80台くらいに減らせる。サーバを1台減らすと、7000kWが削減できる。二酸化炭素なら4トンの削減だ。これは車1台半を減らすのと同じことで、55本の木を植えるのと同じ効果がある」と説明した。
VMwareオフィスにて、ウー氏のプレゼンテーションを聞くツアー一行
■世界中から優秀な技術者を採用
同社の現在の従業員数は、全社で約6000人。毎年、売り上げの伸びと同じペースで、人員も増やしている。毎週、60人から80人くらいの新入社員のオリエンテーションが行われている。特に研究開発分野では、世界中の数百校の大学と提携して人材を採用している。また、これらの大学にはソースコードも公開し、共同研究を推進しているという。
現在は仮想化技術の製品ベンダとして認知されている同社だが、ウー氏は「今後はサーバ上で行っている仮想化を個人のパソコンにも応用していく」と語った。企業において、個人のパソコンを管理するのは非常にコストのかかる業務の1つだが、個々の端末をシンクライアント化し、データセンターにすべてのデータを集約させることで、一括管理を行えるようにしようという試みだ。50台から100台くらいの個々のパソコンを1つのCPUで管理することができ、現在はオフラインに環境を持ち運ぶ技術も開発中だという。
環境に配慮し、従業員の満足を満たそうとするオフィスと、一般に知られている以上の技術や事業の説明を受け、多くの参加者が同社への認識を改めたようだった。ツアー終了後の感想の中でも、同社の視察への満足度の高さは多く聞かれた。
ISVソリューションエンジニアの
デズモンド・チャン氏によるデモも行われた
■2月から勤務中の吉澤氏が登場
VMware 吉澤剛氏
ウー氏によるプレゼンテーションの途中で、1人の日本人が(シャツにジーンズというラフな服装で)会議室に登場。2008年2月より同社でソフトウェアエンジニアとして働いている、吉澤剛氏だ。
日本でネットショップの運営などに携わった後、一念発起して渡米。シリコンバレーで働きたい、という思いからカリフォルニア大学サンタクルーズ(UCSC)校の分校でLinuxのカーネルやPythonを学び、別の会社でのインターンを経験した後、同社に入社した。
吉澤氏に日本の企業とのワークスタイルの違いについて聞いたところ、「日本ではきちんと会社勤めをしていなかったので、明確に違いといえるかは分かりませんが」と前置きをしながらも、「とても自由。定時はおろか、コアタイムもきちんとは決まっていません。結果を出せばよいという考えで、当日の朝に『今日は家で仕事をするからオフィスには行かない』というメールが来るほどです」と答えた。
また、同社のエンジニアのキャリア事情については、「常に必要な部署で必要な人材を採用しているので、先輩や後輩という概念がない。逆に、転職の機会はいつでもあります。日本人にはビザの問題があるので簡単ではないかもしれませんが。でもいまのVMwareは、出て行く人より入ってくる人の方が多いですね」と話した。
キャリアに関する情報については、LinkdInを使用するのが主流だそうだ。周りの人の多くが使っているという。また、求人サイトに履歴書をアップロードしておくと、リクルーターから頻繁に連絡があるのだという。転職先は「探せば簡単に見つかる」そうだ。
シリコンバレーといえばコミュニティの活動も盛んだが、吉澤氏はReview Board(オープンソースのソースコードレビュー共有サービス)の開発にかかわっている。ただ、いまはオンラインのみで、もっとオフラインで勉強会などにも参加していきたい、と語った。
■シリコンバレー発祥の地へ
HPのスタートの地となったガレージ
続いての企業視察は、シリコンバレーの成立のきっかけになったといわれているヒューレット・パッカード(HP)。まずはその創業の地となった、創業者の1人であるデビッド・パッカード氏の自宅とガレージを見学した。
このガレージはシリコンバレー発祥の地として史跡に指定されており(参考:HP、そしてシリコンバレー発祥の地、米国の「史跡」に指定)、一時期、別の人間の手に渡ったものの、現在は同社が保有している。偉大な歴史の第一歩がガレージとは、まさにアメリカンドリーム――と思いがちだが、現在はこのガレージ周辺は高級住宅街となってしまっており、ツアーに参加したエンジニアたちも「ドリーム」という情緒を感じるのは少し難しかったようだ。
その後、同社のエグゼクティブ・ブリーフィング・センター(EBC)へ。時間はちょうどお昼時。ツアー一行はEBC内にあるカフェテリアでランチを取った。広々として日当たりの良い空間であったことは、写真からも感じられるだろう。
HP EBC内にあるカフェテリア
ランチの後は、同社の創業からの歴史がまとめられたムービー『Origin』を鑑賞。創業者のビル・ヒューレット氏とパッカード氏による同社の最初の製品「200A」(オーディオ発振器)がディズニーに採用されたことや、「ポケットサイズ」にこだわって作られた電卓「HP-35」のエピソードなど、同社の発展の歴史がまとめられていた。
■先端技術研究所「HP Labs」
その後、ツアーはパロ・アルト市に戻り、同社の先端技術研究所である「HP Labs」を視察。残念ながら内部は撮影禁止だったため、写真は外観のみとなる。
HP Labs外観。もともとはHP本社オフィスだった建物である
HP Labsは実際の製品開発・販売の部門とはまったくの別組織。年間で4000億円弱の研究費を投入して研究を行っているという。主に研究をしているのは、同社の製品ロードマップ上に「存在しない」領域を担当。「未来を作る」ことを目的としており、600人の研究者が働いている。パロ・アルト市の研究所には300人の研究者が在籍しており、そのほかにイギリス、ロシア、イスラエル、インド、中国、日本に拠点を持つ。
2008年3月より研究所の方向性を転換し、研究の数を減らした。下記の3つのテーマにフォーカスをしているという。
High-impact research:大きなインパクトを持つ研究に集中。顧客の持つ最大の課題を解決することを目的とする。具体的には、下記の5項目となる
情報爆発:増加し続ける情報をどのように貯蔵し、分析し、意思決定者に届けるか
ダイナミック・クラウドサービス:インターネットが自動的に一般消費者にサービスを提供するような環境づくり
コンテンツの変換:アナログコンテンツからデジタルコンテンツへの変換。種類の違うネットワークをどのようにつなげるか
インテリジェント・インフラストラクチャ:高速コンピューティングとセキュリティ
サステナビリティ:持続可能性。グリーンIT、低炭素製品の開発など
Open innovation:研究の手法。各研究者は「そこまで賢くない」ので、協調して研究を行う
大学の博士課程の研究者、約100人と提携
ベンチャーキャピタルと協力
Webで一般公開し、世界中からフィードバックを得る
Technology transfer:研究が終わった後、どう市場に送り出すか。事業部門との提携など
■最高の頭脳を集めるために
HP Labsでの研究から実現した製品は数多く、インクジェットプリンタやレーザープリンタの技術、卓上電卓、ディスクのチップ、Halo(バーチャル会議システム)などがあるという。
在籍している研究者はほぼ全員が博士号取得者。世界中の博士課程の学生を、インターンを経て採用することが多いという。HP社内での異動というケースは少ないそうだ。評価に関しては、「論文」と「特許」が大きな目安になっている。
研究者のワークスタイルは、ここでも「自由」という回答。何を作り出しているのかが最も重要だからだ。「非常に奇妙な時間帯にメールが来たりする」という。ただし、まったく協調がないわけではなく、さまざまな分野の研究者がオフィス内で頻繁にミーティングを行っている。HP Labsには、「働くのに最高の環境をつくるよう努めている。そうしなければ、世界中から最高の頭脳を集めることはできない」という考えがある。
HP Labsの説明後、研究所内を見て回る機会があったが、各研究者の1人1人のスペースは非常に広く、かなり背の高いパーティションで区切られていた。これも集中して研究する最高の環境ということなのだろう。大量の数式が書かれたホワイトボートがパーティションの外から見えたが、その内容は筆者にはまったく理解できなかった。
なお、この研究所はもともと、同社の本社オフィスだった建物。2人の創業者の執務室は現在もそのままの形で保存されている。同社のコンセプトの1つである「オープンドア」(常にドアを開いたままにして、社長室であろうとも従業員が自由に出入りし、議論を交わすことができるようにするという考え方)の証拠として、執務室のドアが開いた状態でカーペットが日焼けしている様子が確認できた。
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前編では、2つのIT企業のオフィスやラボ、そのビジョンやワークスタイルについてレポートした。8月7日に公開予定の後編では、グーグル本社などの有名企業に勤める現地邦人エンジニアたちや、シリコンバレーでコンサルティング会社を経営する渡辺千賀氏によるトークセッションの模様をレポートし、「シリコンバレーで働くエンジニアの姿」に肉薄する。