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社内留学制度を利用して帰ってきた岡田くん

神崎 「今日は、シカゴから1年ぶりに帰ってきた岡田くんのお疲れさん会ということで、いつものように盛り上がっていきましょう! かんぱーい!」

全員 「かんぱーい!」

http://www.atmarkit.co.jp/im/cits/serial/compliance/03/01.html

岡田 公男

 神崎の音頭で、グランドブレーカーの若手社員たちの飲み会がにぎやかに始まった。こよいの飲み会の名目(ダシ)に使われているのは、神崎と同期入社の岡田公男である。

 グランドブレーカーでは、有望な若手社員のための教育プログラムとして、業務提携している米国シカゴのグローバルソリューションズとの間で、交換留学制度を設けている。

 お互いが有望な若手社員を2人選んで相手の会社で1年間働かせ、それに係る経費はすべて、留学社員の所属会社が負担するという制度である。岡田は昨年度の留学生の1人に選ばれてシカゴで1年間を過ごし、つい1週間前に帰ってきたところだった。

神崎 「いやぁー、岡田、ほんと久しぶりだな。なんだかおまえ、顔つきもアメリカ人っぽくなったんじゃねーの? 金髪の彼女はできたのか?」

岡田 「まさか。君とは違うよ、神崎くん」

神崎 「去年はおれも留学候補者を狙ってたんだけど、お前と違って有名大学出身でもないし、英語もそんなにできないし、まぁしょせん無理な話だったわな」

岡田 「出身大学は関係ないと思うけど……」

神崎 「で、アメリカで働くって、どんな感じだった?」

岡田 「そうだなぁ、日本人は働き蜂だっていわれてるけど、アメリカ人もけっこうハードワーカーが多いな。ていうか、いかに自分が有能かということをアピールしたがる人が多い。周りと協調するよりはオリジナリティを出そうとするし、仕事の結果は自分の手柄として主張するし、中には、忙しいふりをしているだけの人もいるし……」

神崎 「ふ~ん、そりゃ日本でも同じだろう。で、仕事の方はどうだったんだ?」

岡田 「グローバルソリューションズはいま、プロジェクトマネジメントの一般的な方法論をまとめているんだ」

神崎 「ああ、『メソドロジー One』のことだろう。3カ月ほど前に全社にアナウンスがあったよ。提携先のグローバルソリューションズが、コンサルテーションサービスのためのプロジェクト管理の方法論を開発していて、それが完成したらわが社にも提供される予定だから、そうなったら、おれたちコンサルタントを教育するらしい。おまえはそれをひと足先に学んできたってわけだ。で、それって、使える代物か?」

岡田 「ああ。おれはそう思う。その方法論を使えば、プロジェクトのリスクマネジメントも合理的にできるし、コミュニケーションミスやヒューマンエラーも極力少なくすることができるし、プロジェクトの途中でメンバーが替わったり増えたりしたときも、スムーズにキャッチアップできるし……。なかなかの優れものだと思うな」

神崎 「ふ~ん…。アメリカ人と働くときのコツはつかんだし、『メソドロジー One』はひと足先に身に付けてるし……、おまえのいる金融グループのクライアントはアメリカ系の外資が多いから、留学の経験はこれから大きな武器になるじゃん。頑張れよ!」

岡田 「ああ……。でも……」

神崎 「でも……なんだよ」

岡田 「またあの上司の下で働くとなると……、な」

神崎 「鬼河原さんか……、確かになぁ……」

後輩 「岡田さんと神崎さん、なぁに2人で深刻ぶっちゃってるんですかぁ。もっと楽しく飲みましょうよぉ。で、岡田さん、金髪の彼女はできたんですか? ははは……」

 岡田の同期や後輩たちがドヤドヤと話に加わってきて、それから後は、岡田のアメリカ生活の失敗談や休日の過ごし方、一緒に働いたユニークなアメリカ人のエピソードなどで、飲み会は盛り上がっていった。

海外留学経験が生かされない仕事環境

 同期の催してくれた帰国歓迎会から3カ月が経った。

 岡田は、金融業界の企業をクライアントとする金融グループに所属し、鬼河原茂樹マネージャの下でシニアコンサルタントとして働いている。

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 動きの激しい金融業界を相手にしている金融グループは、グループ全体は極めてアグレッシブなのだが、その中でも特に鬼河原チームは、とにかく仕事が早いことで抜きん出ている。

 鬼河原は、自分が「頭脳」となり部下を「手足」として使ってプロジェクトを進めていくタイプのリーダーだ。

 担当するプロジェクトの全体像を詳細まで把握し、それを合理的なフェイズに分解し、各フェイズのアウトプットを設計し、全体のスケジュールを組んだ上で、それを6人の部下に割り当てて、指示通りのアウトプットをスケジュール通りに提出するように命じるのである。

 部下は、間違いのないアウトプットを、いわれた通りの期日に提出することで精いっぱいであり、自分の作業がプロジェクト全体においてどのような位置付けにあるかということまで把握する余裕はなかった。また、把握する必要もなかった。すべては鬼河原が仕切っており、部下が鬼河原の指示通りに動く限り、チームとしては間違いなく仕事がこなせているのである。

 社内では、「鬼河原チームでは、職人は育つが、リーダーは育たない」といわれている。

鬼河原 茂樹

 もともと優秀な岡田は、鬼河原の指示や要求をすべて命じられた通りにこなしてきた。しかし、岡田は、入社当時から鬼河原の仕事のやり方になじめないものを感じていた。

 プロジェクトに関する情報は基本的にメンバー全員で共有し、メンバー各自がプロジェクトにおける自分の位置付けを把握する方が、意思疎通に時間はかかるかもしれないが、リスクの予測や回避が可能となり、付加価値の創造も見込まれ、結局は業務品質の改善につながるのではないか。何よりも、メンバーの仕事に対するモチベーションが高まるのではないか。

 そんな思いが強くなり、入社後2年がたち、それが確信に変わり始めたころから、岡田は鬼河原に対して、仕事の進め方に関して直接に意見をいうようになった。鬼河原は、岡田の優秀さは認めているものの、自分の仕事の進め方についての岡田の意見を聞こうという姿勢はなく、岡田を頭ごなしに抑え付けようとするだけだった。

 岡田が交換留学生に選ばれたときも、岡田の耳には鬼河原は直属の上司として岡田の留学に反対したらしい、といううわさも聞こえてきていた。

 留学を終えてグランドブレーカー社に復帰したとき、人事部長面談で「いずれは『メソドロジー One』を生かせる仕事に就いてもらおうと考えている」といわれたが、復帰から3カ月がたったいまもそのような動きはなく、留学前と同じように、鬼河原チームで鬼河原の手足として使われているだけだった。

         

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