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さまざまな現場を経験し、築いたキャリア

もともとパソコン好きで入った世界。どんどんスキルを身に付け、気付けば上流工程にかかわるように。が、心にもやもやとしたものが……。着実にキャリアを築こうとするITエンジニアが選択した道とは[加山恵美,ITmedia]

http://www.itmedia.co.jp/career/articles/0803/28/news035.html

2008年03月28日 11時46分 更新

今回の転職者:田中昇さん(仮名・30歳)

専門学校卒業後、システム開発会社に就職。主に大規模システムの開発現場を中心としたプロジェクトに従事する。2年後、別の開発会社に転職し、大規模から小規模までさまざまな開発現場でスキルを身に付ける。その後、家族構成が変化。より安定した職場を志向するようになり、大手システムインテグレータのグループ企業に転職。現在は、最先端の技術の研究・サポートを行っている。


 現在、大手システムインテグレータのグループ企業で技術研究やサポートなどを行い、最先端IT技術の専門家として働く田中氏。だがITエンジニアとしての道を歩み始めたころは零細企業で研修も残業代もない待遇で、プログラミングさえ行えなかった。数々のプロジェクトを渡り歩きながら自力でスキルを吸収していった。

パソコン教室でタッチタイプを学ぶ

 エンジニアの子ども時代というと初期のコンピュータを相手にプログラミングにいそしんでいた……という話をよく聞く。だが自分は「そこまでではない」と田中氏は控えめに話す。

 初めてコンピュータに触れたのは高校2年生のとき。まだパソコンをフロッピーで起動するのが主流で、ようやくハードディスクが出たころだ。アルバイト代をためてパソコンを購入した。ただハードディスクは高くて手が出せなかったという。

 なぜパソコンを購入したかと聞くと「友達が持っていたから」。雑誌にあるコードを入力してちょっとしたゲームを試してみる程度だったという。「X68000を持つ友人もいましたが、ぼくはそこまでは……」という。「上には上がいる」が謙そんの理由のようだ。

 高校3年生となり、親に勧められてパソコン教室に足を運んだ。キーボードと手をすっぽりと箱で隠し、タッチタイプの訓練をした。自分の頭に浮かぶ文字をスムーズに入力できるようになり、キーボードが自分の手の一部となった。技術的には高度ではないが、この訓練は田中氏にとって将来の方向性を定めるきっかけとなったのかもしれない。

専門はバイオ、しかしその中身は

 高校時代はパソコン以外にサイエンスにも興味があった。『日経サイエンス』や『NEWTON』といった科学雑誌を読むのが好きだった。当時は遺伝子工学が脚光を浴び始め、各種科学雑誌にそうした記事が並んでいたころだ。それで高校を卒業すると専門学校でバイオテクノロジを専攻した。

 しかし、バイオテクノロジを実際に学んでみると「思ったより地味」という印象を受けた。メディアなどで脚光を浴びる華やかさと比べ、研究の現場は地道な作業が多かった。だからといって嫌気がさしたわけではないが、どこか「将来進む道」には思えなかったようだ。

 就職活動でバイオテクノロジ関係の知名度のある企業に内定をもらったが、田中氏はなんと「けってしまいました」。当時は就職氷河期まっただ中だったのにである。バイオの世界よりは友人を通じて接触するITやデジタルな世界の方にどこか引かれたのかもしれない。代わりに零細のソフトウェア企業に就職を決めた。まだ漠然としつつもバイオよりはITに心が傾いていたようだ。

就職して大規模開発の現場に加わる

 しかしやはり零細である。新人研修はほとんど何もなし。いきなり現場に送り込まれてしまった。送られた先は大手メーカーの巨大システムの開発現場で、いろいろな会社からの技術者が100人くらいいた。それぞれ違う会社から派遣され、また何重もの契約があった。それは田中氏も同じだった。

 配属されて間もなく田中氏が所属する会社と取引先の間で契約の折り合いがつかなかったらしく、2カ月後には別の会社の社員となる。図らずも入社2カ月後に転職を経験してしまう。新入社員でよく事情が分からないうちに決まってしまったが、仕事内容には変更がなかった。

 開発していたのは大規模かつ特殊なシステム。新人研修も何もなく、先輩役のITエンジニアの下で補佐的な仕事をこなすことから始めた。

 やっていたのは主に設計書などのドキュメント作成だ。大規模なシステムに携わり、全体を見渡せたという良い点があった半面、気懸かりな点もあった。それはプログラミングのスキルを身に付けることができなかった点である。設計書を作成しながらも、工数見積もりが適正かどうか実感できない。プログラマから指摘されることの正否もよく見極められない。それが不安につながった。

職場で少しずつスキルを吸収していく

 スキルアップに専念する機会はなかったが、田中氏は実践を通じて少しずつスキルを吸収していった。最初はネットワークのスキルだった。

 仕事でネットワーク機器の設置や設定を行うようになった。時には1人で地方へ出張することもあり、体力的にはやや過酷だった。作業で分からないことは独学で学ぶか、周囲の関連会社の人から教えてもらった。当時はまだネットワークプロトコルはTCP/IP以外のものもよく使われており、NetBEUIなど多様なプロトコルを学んだ。

 しばらくして会社から配属先の変更をいい渡される。現場にはそれなりに愛着があったが、会社員という立場上「仕方のないこと」と配置転換を受け入れた。その傍ら、自宅ではインターネットに接続し、Webページを作成するなど楽しんでいた。

 次に担当したのは大手通信企業で、仕事内容はテスターだった。まだプログラミングには直接携われないがドキュメント作成よりはコードを見る機会が増え、少しずつコードを見る目が養われてきた。またSolarisなどUNIXマシンで作業するうちにviなど基本的なツールの操作や知識も蓄積していく。

 だが田中氏に気になることがあった。残業代が出ないのだ。配属先にかかわりなく、会社の給料体系として残業代は出ないことになっていたからだ。それは入社したときから分かっていつつも、残業代が出ないことは次第に転職を考える動機へとつながっていった。

長時間通勤、残業なしでそろそろ限界

 テスターの仕事が一段落つくと、本社に戻るように指示された。今度はマイクロソフトのAccessを使った簡単な見積もりシステムの開発を行う。ようやく技術を使う仕事ができるようになってきた。ここでは「ロジックを考える訓練になりました」と田中氏はいう。

 一方私生活はというと、当時田中氏は実家から出勤していた。通勤は片道だけでもトータルで3時間かかった。往復にしたら6時間である。しかし給料は多くなく、残業代は出ず、住居の手当もなく、長時間通勤から解放されたいと願っても耐えるしかなかった。さすがにきつい。将来も心配になってきた。

 「もっと待遇のいいところを探そう」

 就職して2年が過ぎたころ、転職活動を開始する。「これ以上、悪いところはまずないだろう」とあまり高望みせず、待遇で会社を探した。特に残業代と家賃補助の出るところを念頭に置き、会社を探すことにした。企業の合同フェアに足を運び、すぐに転職先を見つけた。

転職してスキルと実績をめきめきと伸ばす

 新人で入社した後すぐに移籍しているので正確には2回目の転職だが、転職活動を経て転職したのはこれが初めてである。新しい会社は主に元請の下請けを行うソフトウェア企業で、会社の規模は大きい。研修も受講させてもらえてプログラミングの勉強をすることができた。

 後に大手鉄道会社のシステム開発にプログラマとして加わる。またもやスケールの大きいシステムで業務を通じてC言語、通信制御、データベースやSQLなど、めきめきとスキルを伸ばしていく。田中氏がITエンジニアとしてスキルを最も勢いよく伸ばしたのはこの時期だったといえよう。

 大規模な開発と保守にかかわると、次は一転して小規模の開発プロジェクトをいい渡される。ビル管理のシステムだったが、すべて1人でこなした。

 「まさにゼロからの開発で、仕上がったシステムをCD-ROMに焼いて納品するところまで自分でやりました」

 ドキュメント作成から開発もすべて自分。規模は小さいながらもC言語のステップ数で約10キロステップを2カ月で仕上げた。プロジェクト全体を通じてITエンジニアとして完遂したことは新たな自信につながった。やりがいも実感できた。ここまでくるとスキルも実績もITエンジニアとして申し分のないところまで成長した。

結婚を機に再び会社を見直す

 このころから技術だけではなく、人の面倒も見るようになった。だがプロジェクトリーダーやマネージャのようにプロジェクト内部のメンバーを管理するのではない。

 田中氏がいた会社では社員はどこかの開発現場に分散して働いていた。そうして散り散りになっている人の相談役のような立場を命じられていた。とはいえ普段から一緒に仕事をしているわけではないので、どうすればいいのか考えあぐねてしまうこともあった。

 そうこうしつつも、仕事を次々とこなしていく。公共系のプロジェクトはシステムをホストからオープン系へと移行するもので、設計からプログラミングまで幅広く携わった。ミドルウェアや運用監視システムなどを使いこなせるようになってきた。

 30歳まであともう少しというころ、良い縁に恵まれて結婚をすることになった。家族構成が変わり、あらためて働き方とポジションを考え直した。

 「これまでは月に2~3日くらい泊まり込むこともありました。結婚し子どもが生まれたら、このような勤務状態では……」と、家庭をないがしろにしたくはないという考えがあった。

 またITエンジニアとして十分成長し、現在の会社で伸びるところまで伸びたという考えがあったのかもしれない。「現在の待遇や給料は悪くないのですが、将来の伸びや保障に不安を感じました」と田中氏。独身だった人生に家族が加わり、会社や自分に求めるものが変わり、転職を決意した。

開発現場のITエンジニアをサポートする役へ

 会社に不満があったのではなく自分の家族関係が変わったため、それに見合う会社と働き方に方向転換したということだ。家族のために給料を増やしていくことを考え、マネジメントの道を目指した。加えて自分を顧みると「特出したスキルのスーパープログラマ/エンジニアではないな」と漠然と感じていた。

 今度の転職でなどを通じ、何社か紹介してもらった。最終的な選択肢はより高度で最先端の技術を駆使して開発現場で働くか、より高度で最先端の技術を研究・サポートするかの二者択一となった。前者にも魅力もあったが、仕事の安定性を考え後者を選んだ。

 いまは大手SI企業のグループ会社に属し、新しい技術をいち早く研究・習得し、その技術を関連企業や広く一般に伝えるのが仕事だ。時には研修の講師になることもある。

 「いまは人に技術を伝える立場なので表面的な理解では不十分で、より深く理解することが必要だと感じています。また相手によく理解してもらえるようにするには、どう伝えればいいか考えています」

転職で苦境から脱出し、ポジション向上に成功

 田中氏の場合就職時に不景気だったから無理もないが、最初の会社は待遇面でもスキルアップするにも不利な環境にいた。苦境から脱出し、良い環境へ移行できたのは転職をしてからだった。もちろん、転職をすればいつでも状況が好転するとは限らないが、田中氏は転職で条件の良い会社へ移ることができた。

 これまでの業務経験を見ると大規模開発プロジェクトが比較的多い。かかわり方はそのときのスキルや経験によりまちまちだったが、スケールの大きいプロジェクトを通じて多くを学ぶことができたようだ。少しでもスキルアップするチャンスを見逃さず、周囲や業務を通じて着々とスキルを身に付けることができたのは本人の前向きな性格と努力あってのことだろう。

 また田中氏は出向という形で開発現場を転々としたため、特定の会社への帰属意識はあまり持たずに過ごしてきた。その代わり開発現場にいる人やプロジェクトの方に愛着や連帯感があったようだ。そして現場で出会った仲間との交流や共同作業の数々が心の支えとなり、IT業界で働くモチベーションへとつながっているようだ。

 田中氏のキャリアは何か1つの技術やテーマをまっしぐらに進むといったものではない。だがむしろ多様な立場や技術を渡り歩いたことで、多くを吸収できたのではないだろうか。オールマイティな技術通へと成長できたのは、誠実に努力を重ねてきた成果である。

担当コンサルタントからのひと言~アデコ 藤田孝弘氏

 田中さんに初めてお会いした際の印象は、「自分の考えや価値観を明確にし、きちんとまとめているしっかりした人」でした。

 お会いする前から向かうべき方向を考えまとめていらっしゃったため、私としても田中さんにご紹介するべき企業像がはっきりし、とてもスムーズにご紹介することができました。

 書類選考後、面接から内定まで順調に進まれ、入社についても迷わず決断されました。田中さんのスキル・考えが企業の方針・ニーズにうまくマッチしたのだと思います。

 先日、田中さんからご連絡をいただきました。はつらつとした声でお話をされる田中さんは、社内でも高く評価されているようです。

 田中さん、ご転職成功おめでとうございます。更なるご活躍をお祈りしております。

         

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