嵐を呼ぶ男
監査法人勤務のコンサルタントMさん(33歳)は、転職する必要に迫られていたわけではなかった。まるで、子供が玩具を欲しがるような純真な表情でMさんは言った。
http://japan.internet.com/column/career/20080228/1.html
「刺激が欲しいんですよ。」
財務系のコンサルタントとして、英語力にやや不安があることを除けば、Mさんのキャリアには非の打ち所がなかった。Mさんは他の監査法人でも、財務系のニーズがある一般企業でも、どこでも内定が狙える資質・経験を兼ね備えていた。
キャリア的冒険を望んでいたMさんだったが、ベンチャー志望だったわけではない。家族のことも考えて、あくまでもバランスの取れた企業5社に応募したのだが、どこでもMさんはファイナンスの能力を高く認められ、現場の面接は、軽くパスしていった。
「このまま、全社で内定になりそうだ。」
我々はそう楽観していたのだが、思わぬところでMさんの選考にストップがかかった。
応募した中でもっとも早く最終面接に進んだのは大手 SI コンサルA社。そのA社の役員が「あんな人物は採用できない」と、ダメ出しをしたのだった。
これに強く反発したのは、Mさん本人ではなく、A社の現場だった。
「あれだけの実力を持った人なんて、滅多に出会えるものじゃない。エージェントさんからも、役員を説得して下さい。」
我々は、一次面接をしたA社のプロジェクトマネージャーからそう電話で要請をされたほどだった。
現場と役員、一体、どうして人物評にこれほどの差が出てしまったのか。訝しく思った我々は、Mさんに混乱したA社の状況を伝えた。すると彼は無邪気に笑った。
「あぁ、やっぱり。そうなりますよね。」
「どういうことなのでしょう?その口調では、A社の反応を予想していたかのようですが。」
「すみません。どうも僕には悪いクセがありまして…。」
話によると、現場との一次面接では、仕事内容などについて率直な意見交換をし、コミュニケーション能力があるところも見せつけたMさんが、役員面接ではほとんど喋らなかったという。
「どうして、そんな?」
「いえ、向こうの質問が君はどんな人物かとか、生き甲斐は何かとか、どうでもいいような話だったもので。ボクね、相手に合わせて、会話のレベルを下げるってことができないんですよ。早く帰りたくて、適当に答えていたので…。だから、先方の役員がよく言うはずないですよね。」
同じことは、別の会社でも起きた。大手メーカーB社の人事部長との面接で、Mさんは相手の質問に一言も返事をしないという態度に打って出たのだ。
「私の仕事をまったく理解していない上に、明らかにこちらを見下しているような態度でしたので、答える気が失せました。」
「しかし、気に障ったとしても、オトナの対応というものが…」と、我々は諭したが、Mさんはアッケラカンとしていた。
「ですから、そういうこと、する気にならないんですよ。それで転職できないのなら、別にかまいませんから。」
『気に入らない相手とは喋らない』という態度はいかなるときも徹底していた。そして、それはひどい混乱をもたらすことになった。彼の処遇をめぐって、応募先企業では現場と役員・人事がするどく対立することになったのだ。
「Mさんを採らないで、誰をとるんです?」
「社会人としての最低限のマナーすらない。新卒以下だ。」
「人事が、Mさんの機嫌を損ねるような失礼をしたに違いない。」
「どんなに優秀でも、あんな気分屋じゃいつか会社に大きな損害を与える。採用すべきじゃない。」
各企業で喧々囂々の議論がうずまくさなか、Mさんは監査法人の求人に応募、わずか一週間であっさりスライド転職を決めてしまった。
「ほらみたことか。だから早く決断しろといったのに…」現場の人たちは異口同音に経営の決断の遅さを嘆き、一方、経営・人事は「あんな人物を評価するなんて、やはり現場に採用を任せておくのは危険だ」と、現場の採用決済権を取り上げようとしている会社まで現れている。
「いやあ、いろいろな会社を見て、おかげさまで納得の転職が出来ました」 Mさんは無邪気な笑顔を作ったが、彼が通った後には見事なまでにカオスな状況が出来上がっていたのであった。