大量採用の余波
約二年前、Kさん(26歳)は完成車メーカーA社からの内定通知に、狂喜乱舞していた。
「信じられません…。絶対無理だと思っていたのに!」
Kさんは高等専門学校卒業後、中小機械メーカーで解析エンジニアとして働いた経験がある。そのキャリアで完成車メーカーに転職するのは、前例のないことだった。自動車業界がこぞって積極採用に乗り出しているそのタイミングでなければ、あり得ない内定だったのだ。
「両親に連絡したんですが、信じてくれないんです。四年制の理工系学部を出た兄より、よい会社にいけるわけがないって思っているらしくて…」
Kさんは笑いながらそう言っていた。
http://japan.internet.com/column/career/20071219/1.html
それからたった10ヶ月後、Kさんからのメールには、あの時の熱気が消え失せていた。
「このまま、この会社にいていいのかどうか不安です」
A社の業績は、目標通りには進んでいないようだが、会社が傾くような状態ではまったくなかった。Kさんが不安に感じていたのは会社に対してではなく、自分のキャリアに対してだった。
中小企業から大企業A社に転職したKさんは、入社後すぐにそれまで学んできたことがまったく通用しないことを思い知った。以来一年半、自分なりに必死に勉強してきたが、同年代のプロパー社員との差は中々縮まらなかった。
「自分の実力では、雑用みたいな仕事しか出来ません」
KさんはA社の中でもがいていた。
「あの時に大量採用された人たちは、ランクが低いって思われてしまっていて…。実力が伴っていないので、仕方ないのですけど…」
せっかく憧れの会社に転職しても、これではハッピーとはいえない。メールをやりとりした結果、もうしばらくはA社で頑張るということになったが、Kさんは将来、別の会社に移ることを覚悟しているようだった。
「系列で自分が希望する子会社にいければいいですけれど。ダメなら、その時はまたよろしくお願いします」
Kさんは、そんな必要はないのに、我々に対して申し訳なさそうであった。
しかし、A社とKさんの関係はまだ健全といえるかもしれない。ネットビジネスB社では、まったく別の形で大量採用の余波が生まれていた。
設立から15年ほどのB社は、ここ数年で規模が倍になった成長企業である。やはり二年前に大量採用をおこない、従業員数を一気に増やしていた。
我々のところに相談にきたMさん(29歳)は社歴6年で、B社のなかではベテランに属する社員だった。同年代の社員が大量に入ってきた時、自然にMさんは彼らを教育する立場になった。
「忙しくて、上司に人を増やしてくれって言い続けてきたので、会社が大量採用に踏み切ってくれた時はよかったと思っていたんです。けれど、実際に新しい社員が現場に増えてくると、教育に追われて以前よりもっと忙しくなってしまって…。ついつい気が立って、厳しい言葉を使ってしまうことがあったんです」
Mさんが指導するなかには、Mさんよりも年齢が上の社員も含まれていた。そして、その時のB社の採用は「成長に向けて組織作りをしたい」という意図から、大企業出身者を積極的に採っていたのである。彼らの多くは、前職で年功序列の世界に生きてきた人たちであった。大企業出身でプライドのあるビジネスパーソンが、年齢も年次も若いMさんから叱責をもらい、屈辱的と感じるのは想像に難しくない。加えて、Mさんが実績面でB社トップクラスだったことも嫉妬の対象になったようだ。
Mさんは、社内マジョリティとなった転職組から疎外されるようになり、転職を考えるほどに追いつめられてしまった。
「自分に悪かった面もありますが、今のB社内では悪貨が良貨を駆逐している状態です」 Mさんは寂しげに我々に言った。
リストラ時代よりも、大量採用が行われている時代の方が、全体でみれば恩恵を受ける人が多いのは間違いないだろう。しかし、そんな時であっても辛い思いをする人がいなくなるわけではないのだ。