愚者は経験に学ぶ
愚者は自らの経験にのみ学び、賢者は他者の経験(歴史)にも学ぶという。
転職はそもそも自分で何度も経験するようなことではない。他者の経験をあてにしたくなるのは当然のことであろう。
http://japan.internet.com/column/career/20071026/1.html
銀行A行勤務のMさん(24歳)は、我々が用意した転職マップを食い入るように見つめていた。そこには、20代前半の若手行員が我々を通じてどのような業界・どのような職種に転職していったかが、一覧・図表になっていた(もちろん、氏名や社名といった細かいところは伏せてあるが)。
Mさんは現職A行で思ったような仕事が出来る見込がなく、堅苦しい社風も肌に合わず、転職を考えるようになった。
しかし、大学時代は金融だけをターゲットに就活をしていたため、他の業界・職種の具体的なイメージがつかめておらず、社会人経験1年半では自分に何が出来るのかも分からない、現職は忙しく自分が何をしたいか考える時間もない、何が向いているのかも分からない…。
そんなわけで、Mさんは自分と同じキャリア・同じ年齢層の転職者が何を選択したかを参考にしようとしたのである。
「意外にメーカーも多いんですね」
「メーカーに行きたいという人も多いんですよ。やはり、手に触れられるモノを扱っているというのは、イメージがつきやすいんでしょうね」
「そうかあ」
Mさんは腕を組んで考え始めた。
一口にメーカーといっても、一覧に載っている企業は電機、半導体、金属、自動車と多岐にわたっている。もちろん、他にも金融、商社、コンサルティング、通信、ネットと様々な業界に人材が散らばっている様子が見て取れる。
「困ったなあ…」
Mさんはつぶやいた。その言葉通り、彼の転職活動は模索のなかで進んでいくことになった。
Mさんはメーカーはもちろん、金融・コンサルティングなど様々な企業に応募をして、興味が持てる分野を探していった。そのなかで、彼が興味を持つ事業・仕事は一般への知名度があること、扱っているのがモノよりもサービス、生活必需品よりも贅沢品、文化的要素があることなどが分かってきた。そこで、我々はMさんに出版・服飾ブランドメーカー企業を紹介したのだが、メールを見たMさんは不満そうに我々に返事をしてきた。
「確かにまったく興味がないわけじゃありませんけど、見せていただいた銀行からの転職一覧には、出版や服飾に行った人がいなかったと思うんですよね」
「そうだったかもしれませんが、可能性はあると思いますよ。興味があれば応募してみてもいいんじゃないですか?」
「愚者は経験に学び、賢者は歴史、つまり他者の経験に学ぶって言うじゃないですか。誰も行っていないのに僕が行くって言うのは…」
「無理強いするつもりはありません。でも、誰も行っていないからというだけで考えないのも、もったいないと思いませんか?」
するとMさんは「アッ」と我にかえったような声を出したのだった。
「ヘンな声を出してすみません。実は、今のA行を辞めようと思った理由のひとつに、前例主義にうんざりしていたっていうのがあるんです」
「前例主義ですか」
「銀行ですから、どうしてもそういうところがあるんですよね」
「なるほど」
「僕はそれが嫌いだったのに…。いつのまにか染まってしまったのかも…」
しばらくの沈黙の後、Mさんは「ご紹介いただいた、ふたつの会社、応募してみます」と宣言したのだった。
ただ、残念ながら、出版会社・服飾ブランドともMさんに縁はなく、どちらも一次面接でMさんの方から辞退をすることになってしまった。前者はバタバタとした仕事現場の空気が彼にあわず、後者はいかにも外資系という雰囲気についていけないと感じたからだった。
「やはり他者の経験に学ぶべきだったかもしれませんね。すみませんでした」
我々がミスマッチをわびると、Mさんはそれを否定してくれた。
「僕は応募して良かったと思っています。何というか、こういう会社もあるんだなと勉強になったというか。肌で感じるのはやっぱり違いますね。時には愚者になって自分で経験をすることも必要なのかも」
時には愚者になる。なるほど、転職は一生に何度もするわけではない一大事なのだから、他人の経験に頼らずに自分の目で見てみるというのも、ひとつの考え方かもしれない。
Mさんの転職活動はまだ続いているが、この一件以来、何かふっきれたようなところがあり、面接の評価も高まっている。近々、「愚者」の転職が決まるように我々は予感しているところなのである。