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キャリア・トランジション

「トランジション」とは、節目、転機であり、キャリアの移行期のこと。

従業員が主体的に社内キャリアの転機を乗り越えるには?

http://www.insightnow.jp/article/367

理不尽な昇進チャンス

Aさんは、消費財メーカーに勤務する35歳。

この春の異動で4年ぶりに営業推進部から古巣の商品企画部に異動となった。

ここ数年の営業推進部での経験を活かして、新しい商品開発のアイデアを持ち込んでやる気満々。

Aさんは、8年前に異業種から転職してきて、当初の4年間は商品企画部に所属した。

転職当初は、業種も職種も変わったことから苦労も多かった。

前職で企画系の仕事をしていて企画力には少し自信があったが、転職先の配属部署はいわゆるエリート部署で、先輩は社内でも有数の実力者が集まっていた。

「これは、ついていけない。まずいかも・・・」

先輩との知識、経験の差は歴然で、完全に周回遅れ状態である。

1年間はほとんど見習い状態だった。

しかし、なんとか3年間がむしゃらに頑張って、30歳になった頃にやっと自分のポジションが見えてきた。

そんな時、当時の上司から「一度、営業サイドからビジネスを考えた方がいい」と言われ、4年間は営業サイドから商品企画を見てきた。

その視点転換がブレークスルーの要因となり、商品企画のアイデアがどんどん湧いてきた。

周囲からも「一皮向けたね」と言われるようになり、社内での評判も徐々に高まった頃である。

商品企画部に異動して2日目の朝、人事課長から面談に呼ばれた…

「営業一課の新任課長に決まっていたKさんが、急に退職することになった。新体制は来週からだが、君に後任をお願いしたい。時間がないので、申し訳ないが、今日の昼過ぎに返事をもらいたい。

急な話なので、断るという選択肢もある」

「えっ! 営業一課の課長ですか? 来週から?」

Aさんは管理職未経験であり、営業一課はAさんにとって専門外の商品を販売する部門である。しかも、メンバーのこともほとんど知らない。

Aさんは既婚で妻も同じ会社の正社員として働いていて、子供は2歳の娘が一人。

あなたが、Aさんだったらどのような意思決定をするだろうか。

まさしくキャリアの分岐点であり、今後の人生にも大きな影響を与える。

このような状況で個人としてキャリアを考えて意思決定する際のポイントを整理しよう。

成果主義人事制度への移行が進み、「組織内プロフェッショナル」の人材像を組み込んだ人事(資格等級)制度が主流となっている。

プロフェッショナル人材を前提とした資格制度は、ピラミッド型の単線キャリアパスのみではない。

管理職以外のキャリアパスがあるということである。

ある年齢を境にラインマネジャーになるのか、プロフェッショナルになるのか、あるいは特定領域のスペシャリストになるのか、貢献のスタイルという選択肢(オプション)がいくつか用意されている。

しかし、これまでは組織がある日突然、「辞令」によって個人のキャリアを決めることが行われてきた。

いきなり選択を迫られても個人は困ってしまう。

そのようなリスクを回避するには、若年段階から「この会社でどんな可能性とキャリアパスがあるのか」という情報をしっかりと認識して、いくつかの選択肢とシナリオを考えておくことである。


節目の年齢でキャリアを考えてみる

そのような目的で、25歳前後にキャリア開発に対する一回目のオリエンテーション的な研修が盛んだ。

25歳で明確な社内キャリアは考えにくいが、将来を見たときに、たとえば「ウチの会社では35歳で昇進アセスメントがあって、自分でも選択しなければならないし、会社からも選別されるのだな」という自己認識を促すことで、キャリアに関する「自己選択、自己決定、自己責任」への第一歩が始まる。

生涯発達心理学の観点から見ても、ビジネスパーソンとしての約40年間には複数の節目があり、その節目には危機があるとされている。

危機を自律的に乗り越えるためには、マイルストーン(一里塚)となる内省の場が必要なのである。

前述のような25歳前後の意識づけ研修が最初の場となるが、次の場として注目されるのは35歳前後の研修である。

35歳前後の研修では、組織内における貢献領域(ドメイン)を決めて、自分固有の貢献スタイルを定めることをねらいとする。

自分の自由発想によるキャリアではなく、

「あなたはいま会社でどういう立場か」

「会社はどちらに向かっているか」

「従事する事業はどうなると思うか」

ということを考えさせていきながら、

「あなたはどの領域で何ができて、組織にどのように貢献するのですか」と受講者に問い掛ける。

要するに、所属組織内における「アイデンティティ」を明確にさせるわけであるが、これまで組織の異動命令に従ってきただけの個人には厳しい場となる。

このような場を経て、やがて来るべき「意思決定」に向けて準備状態を作ることがねらいというわけだ。

一般に、「35歳転職限界説」が言われるが、30代後半は所属組織で頑張るか、自分の意志で転職するという選択肢を考える最後のチャンスとなる場合が多い。

キャリアの市場価値も気力もないし、仕方なく今の会社に残るという人、

今の会社で将来の見通しが明るい人、

40歳からの活躍の場を違う会社に求めて卒業する人、

それぞれであるが、40歳といえどもビジネスキャリア後半の20年は決して短くない。

次の節目は45~50歳、この年代での主なテーマは社内外のキャリア再構築というものである。

成果主義型の人事制度においては、35歳~40歳前後において、ある程度の貢献スタイルが確定したとしても、その後の状況変化に応じて、ポストオフ、出向、転籍など、貢献スタイルの再構築を迫られる事態に直面することもある。

これからも専門性を武器にしてプレーヤーとしてやっていけるのか、違った貢献を模索するのか、まさに貢献スタイルを再構築し、場合によってはネガティブな社外転出を余儀なくされることもある。

この段階で貢献のスタイルが定まらないと、後の社内キャリアは漂流することになる。

50歳以降の気づきの場に関しては、定年までの働き方、スタンスを明確化すること、また、定年後のセカンドキャリアを考えることが主なテーマとなる。

定年を待たずに早期退職制度などを活用する方もいるが、60歳以降の雇用延長施策が注目されるなか、50代のキャリアは多様である。

「銀の卵」ともいわれるシニア人材の活用が叫ばれるが、企業から見て「残って欲しい人」は限られている。

いずれにしても、50歳代のキャリア研修受講者は、「このような物の考え方があるのなら、もっと早く教えてほしかった」と口をそろえて言う。

もちろん、25歳と55歳ではライフキャリアステージと課題が違うが、このような年代別の気づきの場は、キャリアの移行期を乗り切るための準備として重要な機会なのである。

ちなみに、冒頭の事例のAさんはどうしたか?

課長昇進を断って、古巣での商品企画の仕事で貢献することを選択し、商品開発のプロジェクトリーダーとしてこれまで以上の活躍をした。

3年後に今度は所属部門の課長昇進の打診があったが、それも断った。

40歳以降の20年間、この会社の管理職としてポジティブなイメージが持てなかったからである。

その後、38歳で外資系の企業に転職して新たなキャリアを切り拓いている。

         

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