深夜の模擬面接
企業の面接前に、我々との間で「模擬面接」をやることがある。面接なれしていない応募者には有効な打ち手なのだが、中には「恥ずかしいから結構です」と断ってくる方もいる。気持ちは分かる。我々が慣れてしまっている模擬、つまりロールプレイというのは、一見芝居じみていて、気恥ずかしいところがある。まして電話でとなると相手の顔が見えないのでさらにやりにくいし、人目がある場所にいるのなら、ご免こうむりたいと思う気持ちもわかる。
http://japan.internet.com/column/career/20070806/1.html
流通販売職のTさん(27歳)は不動産業界の法人営業への転職を目指していた。彼が不動産に興味を持ったのは、「憧れ」からだった。最初の転職相談の時、Tさんはそのことをまったく取り繕おうとしなかった。
「高校の先輩の話を聞いて、チームで大きな仕事をするのっていいなと思ったんです。でも、僕には営業の経験もないですから、多分、なんにも分かっていないと思いますけど」
彼の率直さ、素直さはとってつけたような理由を並べるよりも、爽やかで、訴えてくるものがあった。
しかし、いかんせん業界はおろか、営業経験がないというのは大きなハンデである。Tさんが書類を通るのは、4~5社に1社程度。しかも、流通業在職中で休みがとりにくいTさんは面接日程がなかなか組めず、転職は長期戦になった。
面接でのTさんは、ともすれば学生のように見える快活さで企業を惹きつけ、たいがいは二次選考・最終選考に残ったのだが「キャリア4年を考えると、少し幼すぎる」といった評価で、内定をもらうには至らなかった。
最初に10社、次にもう10社、さらに5社と紹介を続けていったが転職活動が5ヶ月目に入ると、紹介できる企業がほとんど残っていない状態になっていた。
Tさんの疲弊具合も気がかりだった。面接時間を作るために、他の日に仕事を増やしたことが肉体的負担になっているようだったし、選考に落ち続けるのは精神的にも厳しく、電話・メールで連絡をとっている我々にも明らかに彼の変調ぶりが分かるほどだった。
そんななかで久々に面接になったのが不動産A社だった。それまで応募してきたなかでも5本の指に入る業績好調な会社で、Tさんは次の面接に通れば、内定というところまでこぎつけていた。
勝負の面接の前夜、我々はTさんに電話をかけた。早く帰ると言っていたTさんだが、かなり遅くに電話したにもかかわらず、彼はまだ帰宅途中だった。
「明日が最後になりそうですね」そう言ったのはTさんだった。彼もこれ以上は、応募先がないことを承知していたのだ。
「全力を尽くしてきます」
5ヶ月間、我々はTさんと一緒にどうしたら未経験の壁を越えられるのか、話を続けてきた。レジュメを作り、業界を研究し、応募先企業の資料を集めた。Tさんは我々のアドバイスを素直に聞き、業界のこと、仕事のことを実によく勉強していた。現職の忙しさを考えると、もっと早く音をあげてもおかしくなかったが、Tさんは努力を続けた。その夜、我々が励ます以外に出来ることといえば、唯一やってこなかった模擬面接くらいだった。
「電話でなんですけれど、模擬面接をしてみませんか」
我々の申し出にTさんは少し考えてから、「やりましょう」と言ってくれた。
「応募の動機を教えて下さい」
「はい。私はこれまで流通業界に身を置いてきましたので、仕事上での接点はほとんどありません。ですが、知人の話でこの業界のことを耳にしたことをきっかけに、いろいろ自分なりに勉強を重ねて、そのたびに不動産の仕事の面白さに…」
「自分自身の性格をどう分析しますか?」
「実直だと思います。コツコツ積み上げていくことに喜びを感じるタイプで、仕事では決して手を抜きません。裏返せば発想の転換といったことは苦手なのかもしれませんが、新しい知識を吸収することは好きなので、好奇心を失わないことで補っていけると思っています…」
Tさんの話は、多少詰まるところがないわけでもなかったが、じゅうぶん合格点の内容だった。面接の評価はそれまでも決して悪くなかったのだから、それも当然だろうか。4,5つほどの質問を終えて、若干のアドバイスをした後、Tさんに訊ねた。
「いま、どうしているんですか?」
「駅近くのベンチに座っています。夜の街がキレイに見える場所。電車の待ち時間が長かったので、ちょうどよかったですよ」
「周りに人はいないんですか?」
「えー、います。時々ヘンな顔で僕をみながら通り過ぎていきます」
「すみません。恥ずかしかったでしょう」
「はい、少し」
Tさんは照れ隠しをするかのように、クスクスと笑った。きっと彼も、我々と同じ気持ちだったに違いない。ここまでやってきたんだから、最後までやり遂げよう、やれることは全部やっておこう、と。
それから三日後、Tさんの内定が決まったとき、我々は思わず、空を仰いで感謝の言葉を呟いた。幸運の女神がその夜に微笑んでくれていたような気がしていた。