会話するのは三日ぶり
転職相談にやってきた時のシステムエンジニア:Jさん(29歳)の置かれた状況は悲惨なものだった。
http://japan.internet.com/column/career/20070529/1.html
1年ほど前、Jさんは同期入社の友人から転職の相談を受けた。Jさんは積極的に転職を進めることはしなかったが、引き留めもしなかった。その友人は会社を退職する時に強引な辞め方をした。「順調」と上司に報告していた仕事は、実はまったく進んでおらず、システムに大きな穴を空けたまま退職してしまったのだ。
上司は、Jさんが以前から転職のことを聞いていたと知り、激怒した。
「お前も共犯だ」
以降、Jさんには山のような仕事が割り当てられるようになった。仕事が終わるまで、トイレに立つのにも嫌味を言われていたが、その頃はまだ良かったとJさんは言った。
しばらくして、彼の席は別室に移され、独りそこで過ごさなければならなくなってしまった。今では、同じ職場の人間ほとんどから無視されているという。仕事をしても誰からも感謝されず、同僚にもいないが如くに扱われる…、これほど辛いことはないだろう。
ところが、この話をしている間、Jさんは実に嬉しそうにしていた。彼の口元に浮かんでいる笑みは、自分が「社内いじめを受けている」気恥ずかしさを隠すものとは思えない自然なものだった。
不思議に思ってその点について聞いてみると、Jさんは言った。
「三日ぶりなんです、ちゃんと人と話をするのは。だから楽しくて…」
転職活動に入っても、Jさんの「話好き」は続いた。面接で喜々として質問に答えるJさんは、最初のうちは好印象を与えるのだが、徐々に度が過ぎて「割り込む隙を与えない」と言われてしまうほど、喋り続けた。
なので面接の評価はいまひとつ。ただ、Jさんは膨大な量の仕事に取り組むなかで、独学で高度なスキルを身につけており、キャリアは非常に良いという声も少なくなかった。
「日頃の反動のせいか、少し言葉が多すぎるようです。もう少し落ち着いて話をするように心がけて下さい」
質問に簡潔に答えるのは、Jさんにとってかなり忍耐を要することだったそうだが、この簡単なアドバイスで、彼の評価は一気に高まった。話し方を控えるようになってすぐ、Jさんは金融システムを扱う大手企業A社で内定となった。
Jさんは入社を即決、恨み骨髄の現職に辞表をたたきつけ、一か月後にはA社で働いていた。年収は100万円以上アップ、仕事内容も希望通り、何より「人間的な職場環境」を取り戻し、Jさんの転職は大成功…、と言いたいところなのだが、実はそう簡単にはいっていない。
新しい職場で、Jさんは舞い上がっていた。A社のスタッフは、前の会社に比べ優秀な人たちばかり。単に仕事が出来るというだけでなく、プライベートでも多趣味で色々な活動をしている人が多く、人間的魅力にあふれていた。
Jさんは仕事中も、なにかにつけて周りに話しかけてしまっていた。
「無駄話が多くて、仕事の能率があがっていません。前の会社ではかなりの仕事をこなしていたと聞いていたので、もうちょっと期待するところがあったのですけどねえ」と、前職の事情を知らないA社は手厳しい。
そして、実はJさん自身も困っていた。
「分かってはいるのですが、黙っていられないんです。前は独りだったので仕事も勉強もはかどったのですけど…」
一過性のものだとは思うが、Jさんはお喋り依存症になっているらしい。これまでの仕打ちを考えれば無理もないのだが、面接の時同様、ここは『沈黙は金』と思って、我慢をするしかないだろう。
「三日も喋らずにいることなど、もう起こらない」と確信できれば、彼の心のバランスも元に戻るはずだ。