既得権益を壊す「宝塚式」人事戦略
走りながら考える
「軌道修正型」経営へ
http://www.president.co.jp/pre/20070618/002.html
この10年間のビジネス環境の変化を振り返ってほしい。劇的な変化がもたらされているが、その最大の立役者はICT(情報通信技術)の発達であろう。10年前なら重大事件が起きても、その情報が伝わって各方面が対応に動き出すまで多少のタイムラグが生じたものだ。今は出来事の影響がすぐさま、世界を席捲してしまう。2月の上海株急落を発端とした世界的な株安などは、その最たる例だろう。
ICTの発達は、多くの業界において、戦略の立案の仕方をも大きく変えることになった。従来のように、市場データを分析しつつみんなで寄ってたかって検討を重ね、“正しい答え”をつくり上げ、社員一丸となって遂行していくという手法はもはや使えない。それどころか、計画段階で時間をかけて細部まで詰めてしまうのは弊害にさえなる。というのも、計画が完成するまでに時間がかかりすぎ、出来上がった時点では陳腐化してしまうからだ。さらに、一生懸命つくると、市場が思わぬ方向に変化し、現状に即していなくても「あんなに苦労した私たちの努力は何だったのだ」という心理が働いて、変更に踏み切れなくなる。今日の経営戦略とは、大まかな方針だけを決めて細部は走りながら状況に応じて考える「軌道修正型」であるべきだ。
技術がますます高度化し、複雑化かつ多様化している昨今、「正しい」「最善」の技術を求めることにも限界がある。たとえ、自社で苦労して育て上げた技術であっても、市場でイニシアチブがとれないことになったら即座に捨て去り、他社の技術に乗り換えないと後に大きな禍根を残すことになる。最大の顧客基盤を獲得し、デファクトスタンダードになった技術以外は市場から消え去ることが多いからだ。
こうした変化をとらえて、2001年に新CEOジェラルド・クライスターリー氏を迎えた電機・家電メーカーのフィリップスでは、「“技術”のフィリップスから脱皮して、“ブランド”のフィリップスへと生まれ変わる」という戦略を展開した。フィリップスは、「技術に長けた企業」という看板を掲げてしまうと技術に固執し世界的な流れを見誤ることを危惧してブランドを前面に出した、と思われる。
今日のように変化の激しい時代には、(1)変化に応じたダイナミックな目標設定、(2)それを推進するトップの強力なリーダーシップ、(3)目標を遂行するための人事面でのイノベーション、の三つが必要になる。
この場合のリーダーのあり方は、戦争を例に挙げるとわかりやすい。
戦いの最前線で指揮をとる士官は、使命を全うし、部下全員を無事に連れて帰りたいと考えている。しかし、それが叶わないときもある。そんなときは、目の前の部隊の損失よりも、戦略上与えられた絶対的使命を果たすために、意を決して部下に「死を覚悟してくれ」と言わざるをえない。
経営者も「生活を向上させる新しい商品やサービスを世に送りだし、継続的に利益を出す」という企業の使命を全うするために、「この事業に見切りをつけないと会社全体が揺らぐ」「この人に辞めてもらわなければ、組織革新は実現できない」と見なしたら腹を括って「これ以上わが社にとどまるより、他の会社と一緒になって、事業の可能性を追求してくれ」「新しいビジョンに賛成し、その実現に努力できないなら、辞めてくれ」と、きっぱりと切り出さなければならないのだ。駄目になるのがわかっているのに、見捨てられない経営者は失格だといえる。
いち早く手をつけるか、どうしようもなくなるまで先送りするかはトップの考えと力量にかかっている。やっと重い腰を上げたはいいが、そのときにはすでに遅く、市場から退場せざるをえなくなった企業の事例はいくらでもある。
例えば、10年前と同じ看板で営業している銀行はいくつあるだろうか。銀行に限らず、世界競争にさらされた中で生き延びるには、事業部の売却・買収、会社の合併などをダイナミックに進めなければならない。
3年ごとに社員を異動させる人事制度
ダイナミックな目標を設定したなら、目標達成のために時代の変化に迅速に対応できる組織面でのイノベーションにも着手すべきだ。組織は、水と同じで、入れかわりがないと、淀み始める。意識的に手を入れなければ、硬直化することは避けられない。
企業が市場の変化を的確に取り入れ、事象に柔軟に対応するためには、社員をなるべく多彩な環境の新しい経験に触れさせ、常に新しい風を送り込む人事制度を構築することだ。
そもそも人は同じ環境にいるとチャレンジを怠るという習性を持っている。一つの部署に3年いると、仕事をすっかり覚え、決まったパターンで仕事をこなすようになってしまう。世の変化はめまぐるしい。だからこそ、仕事のやり方を常に革新していくべきなのだ。
あるアパレル小売業者は、社員を3年ごとにローテーションさせ、次々と異なる職務を担当させている。仮に3年後に古巣に戻ってきても、業務の内容も規模も進化しているので以前のやり方は通用しない。それによって、社員は世の中の変化を実感するし、仕事は革新していくものだと認識する。それが、社員にとって非常にいい刺激になる。この企業の成長の秘訣は、まさにこの人事制度にある。
一つの職務だけに携わっていると、ものの見方も発想も乏しくなる。ある経営者がこんなことを言っていた。
「社会になかった新しい価値を提供しようと毎日必ず一つ新しいアイデアを出すことを自らに課していたら、一週間で行き詰まってしまった」と。
全く新しい発想はそうそう生まれてくるものではない。世間で言われる“新しい価値”“新しいサービス”の多くが、実は既存アイデアの組み合わせ、並べ替え、ある分野では当たり前のことを別の分野に応用することから生まれるのだ。しかし、自分自身いろいろなことを実際にやった多彩な経験がなければ、組み合わすことすらできない。例えば、転職や留学、海外生活は見方を広げる経験の一つになる。企業内でも、違う“場所”、数多くの“事業”に従事すること、営業、人事、企画など異なる“機能”に従事することによって、経験が多彩になる。
私には転職経験があるが、新しい会社へ行くとそれまでとは全く異なる方法で仕事を進めているという事実に直面する。すると、どうしてこういうやり方を採用しているのか、なぜ以前の会社ではあのようなやり方をしていたのだろうか、という疑問がわいてくる。異なる経験をしないと絶対浮かばない疑問だが、それが問題意識を持つことや、新しい発想の原点になる。
組織が活性化し続けるのは実に困難なことだが、そのための仕組みづくりができている組織として宝塚歌劇団が挙げられる。
宝塚では、トップスターに上り詰めても、人気絶頂期に退団していく。構成メンバーは常に入れ替わり、新メンバーから次なるスター候補が生まれ、トップスターに育っていく。退団した元トップスターたちが、別の活躍の場を自ら見いだし、見事に花開かせている姿を目にすることも珍しくない。
企業の人事制度にもこの方式を応用できる。一つの部署に一定期間所属したら異動なり、卒業するなりして代わるという仕組みを導入してみる。そうすれば、社員は変化を当然のものとして受け入れ、常に緊張感と意欲を持って動くことになる。それが変化の激しい時代の「軌道修正型」経営戦略を成功させる有効な手立てとなる。私はこれを宝塚方式と名付けている。
自分の存在意義は自ら見つけよ
このように新陳代謝のよい人事制度が望まれる時代において、個人はどうあるべきか。
その答えは、「日頃から力を磨くこと」に尽きる。会社の肩書がなくても仕事ができるか自分に問いかけてほしい。そしてどこへいっても自分自身の実力を正当に客観的に評価してもらえるように、仕事の実績をつくっておくことが大切である。
ただし、いざ「おまえを切る」「おまえを外す」と言われたとしても、あまり深刻に考える必要はない。「今、この仕事に合うスキルを私は持っていなかった」というだけで、決して人格が否定されたわけではないのだから。そこに居続けても自分の能力では不十分、自分の能力は生かされないという事実を冷静に受け止め、「これをきっかけに新しいスキルを得よう」「次は自分が生かせるところで仕事をしよう」「これから、自分が経験していない未知の業務にチャレンジできる」と、ポジティブに動き出せばいい。
ただ、どんな職務が自分には向いていないかについては、ここでしっかり分析しておきたい。
例えば、企画力に自信を持っていたのに力が認められなかった場合、潜在能力はあるが、環境がよくなかったとも考えられる。そんなときには、自分の適性について3回チャレンジして結論を出すといいと思う。2回目に、同じ業務を違うメンバーと組んでやってみてそこでも成果を出せなかったら、自分の能力に問題があるという可能性を疑ってみる。3回目も結果を出せなければ、確実に自分の能力に問題がある。そこで、初めて「自分には企画の仕事は向いてない」と結論を出すべきである。自分は企画に向いている、企画力があると思い込んでいたがそうではなさそうだということに納得してから、今後のことを考える。安直に結論を出してしまうと、キャリアの本質を見失いかねないので気をつけたい。
人にはそれぞれ独自の存在意義がある。自分の存在意義は自分自身で見つけて、達成しなければならないものだ。自分の関心は何か、どんな能力に秀でているのかを知るためには自ら動いて探すことが第一だ。
企業で働くことは、自分の存在意義を見いだし、それを高め、社会に貢献する一つの手段にすぎない。自分の存在意義を見つけるプロセスを全面的に企業に依存し、指示されたことに不平・不満だけを並べているとしたら、それはお門違いである。
人材の新陳代謝が求められるようになった時代に、組織の一員として働く若手にぜひ意識してほしいことがある。それは「どの部署の、どんなポジションにいようとも自分たちは仕事の中心を担っている」ということだ。
若手と話をしていると、「今の勤務先の価値観は自分の志向と合わないが、だからといって勤務先を変えても同じだろう。それなら転職せずに今いる組織の中でもう少し力をつけリーダーと呼ばれるようになってから、企業の価値観を変えよう」と言う人が非常に多い。そういった人たちには「時間を決めて、このときまでに自分はこれをやってみる。それでも状況が全く変わらなかったら次に行くと、期限を決め、次の行動に移る決意をしておかないとダメだよ」とアドバイスしている。
新しいことにチャレンジするのは、エネルギーも体力もいる。「まだまだ」と言っていると、あっという間に年齢を重ねてしまう。また同じ場所にいると既得権益がだんだん増えてくるものだ。失うものが大きくなると、容易に足が抜けなくなってしまう。
小規模でも自分で仕切れる仕事があれば、進んで改革してほしい。リーダーにならなくてもできることはたくさんあることに気づくはずだ。
一例を挙げるなら、「所属する事業部門の目的は何か」「その中で自分たちの部署はどういう役目を果たすのか」「自分がどういう活動をすれば、事業が上手く運び、会社の最終目標を達成できるのか」「プロジェクトを成功させるために、長は何をすればいいのか。その長を支えるために自分は何ができるか」を考え、考えたことを実行する。そのようにして力を発揮すれば、会社全体がよくなる。企業は、組織力で勝負するもの。全社員が、常にリーダーであり同時にフォロアーなのだ。